第49話 一方的な大勝利

文字数 908文字

 そこでようやく突如現れたムササビのような不審な存在に信雄の兵たちが気づいた。
「何者じゃ!」
 衣茅たちが落とした牛の胃袋が火に溶けて中の消火剤の泡が漏れ出てくる。篝火の火が一気に弱まる。
「敵じゃ! 敵襲!」
 上を見上げ騒ぎだす兵たち。しかし、敵は滑空してまた森に逃げていく。
 その時にはすべての篝火が消えていた。
 小太郎が呟く。
「よくやった」
 信雄軍の兵は夜目が利かぬ。
 ここで小太郎は次の手を繰り出した。森の奥に向けて蟋蟀の一声が響く。
「つぎ、斬殺隊!」
 その虫の声と共に、森の奥に潜んでいた伊賀忍者が信雄軍の陣に斬りかかる。伊賀忍者は夜目が利く。撒菱(まきびし)を踏むことなく敵に向かってまっしぐらに斬り込んだ。
 対する信雄軍は見えぬ敵に大混乱に陥り、むやみやたらに刀を振り回す者、手探りで弓を引く者、なかには同士討ちを始める者もあった。さらに地面に落とされた撒菱を踏んで悲鳴を上げ転げ回る者も多くいた。
「篝火をつけよ! はよう!」
 火が再び灯った時には、斬殺隊の伊賀忍者はすでに森に退散していた。あたりには信雄軍の屍がごろごろと転がっていた。
 伊賀衆の夜襲は一方的な大勝利を収めた。

 夜が明け、信雄軍は兵の半数を失い、峠を引き返していた。
「おのれ、下忍ども、奇襲ばかり使いよって。何故正々堂々と戦わん!」
 悔しがる信雄。しかし忍者相手に真っ向勝負を挑む戦術が間違っている。もし甲賀忍者岩根三郎が残っていたらこんな浅薄な攻め方をさせなかったはずだが、数を頼りに戦をすることしか考えられなかった信雄に見切りをつけた岩根三郎の判断は正しかった。
 退却に際して信雄は、失った兵を補うため国境まで退却していた柘植保重軍と滝川雄利軍を自分のところまで呼び戻している。
 この指示を受けた滝川雄利は眉間に皺を寄せ呟いた。
「信長様なら命がけで駆けつけようぞ。されどあの総大将にはもう従えぬ」
 一旦は信雄に忠義を立てたこの武者も翻意していた。
「伊賀衆と山中で戦っても勝ち目はない。みすみすこの命落としに行くだけじゃ。ここは兄者に任せようぞ」
 武勲を挙げるどころか、命欲しさに姉の夫、柘植保重が動くのを待って、自軍を動かさなかった。

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