第24話 天才軍師としてその名を日の本中に轟かせた

文字数 599文字

 孝高が呟く。
「御助言かたじけないが、天稟は使うべき方に使うべき時まで閉じ込めておけば腐らぬ。上様や秀吉様に会えぬとも気は些かも衰えぬ」
「されど、心気丈でも、御身が腐れば持ちますまい」
 孝高の頬に笑が差す。
「大師も即身仏として七百年、高野の山中、いまだ朽ちておらぬ」
「小寺殿は臨済ではござりませんでしたか?」
「涅槃に真言も臨済もない」
「ご尤も。ではここでご成仏なされ」
 孝高は静かに目を閉じた。
 端で見ていた衣茅は心で呟いた。
(些かも野心、感じられぬ。いずれ天下を簒奪(さんだつ)する者と思うたが読み違いであったか)
 孝高はこの土牢に実に1年半監禁された。湿った地面には百足や油虫が這った。即身仏になろうにも禅も組めぬこの牢で、孝高は腐らぬよう黙して読経を続けた。常人では考えられぬ精神力である。
 しかし、有岡城が開城された時は小猿が言ったとおり不具になっていた。終生杖がなければ立てぬ体になった。
 それでもこの天才軍師は衣茅にも読ませなかった奥に秘めたる野心を片時も忘れず、智謀失くさず、主君であった小寺氏も信長によって滅ぼされたのち、以後織田家臣として秀吉の与力となり、黒田姓を名乗る。通称黒田官兵衛、剃髪後、黒田如水。
 豊臣政権下でも卓越した智謀を働かせ、天才軍師としてその名を日の本中に轟かせた。
 或いはこの苛烈極まる監禁さえなかったならば、世は違った形の天下人をこの時代生んだかも知れぬ。

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