第105話 ~ねンだわ。

文字数 1,980文字

「あら!! ご主人様、どうして家に!?」
「ああ、メイドさん、オハヨ……どうしてって、ここは俺ンちじゃね?」
「それはそうですけど……今日は司法試験がある日じゃなかったんですか?」
「ああ、そうだけど、それが何か?」
「それが何か?って……会場に行かなくて良いんですか」
「良いの良いの、そもそも俺、弁護士になんかならなくても良いンだわ」
「だって、弁護士を目指すって……」
「確かに『目指す』とは言ったけどさ、弁護士に『なる』とは言ってねンだわ」
「はぁ?」
「そう言うストーリーでM子と結婚してNYに移住できたかンな、もうそれで良いンだわ、勉強するとか働くとかメンドーじゃね?」
「奥様に嘘をつかれたんですか?」
「違うンだわ、どっちかつ~とあっちがひねり出したストーリーなンだわ、NYで弁護士とかカッコいいじゃん? イケメンで超優秀な俺にぴったりだし、M子の体面も保てるしさ、俺はそこに乗っかったってわけなンだわ」
「でも弁護士になれないと生活が……」
「いいのいいの、一億人が振り込んでくれるATM持ってっから」
「でもそれって……奥様のですよね?」
「そうだけどさ、俺の金は俺のもの、他人の金も俺のもの、そうやってずっと生きて来たかンな、今更なんとも思わねンだわ」
「そんなこと言って……離婚されますよ」
「いいのいいの、そン時はそン時で、ああ見えても一応元K族だからな、世間体の悪い事できねンだわ」
「でも、相当にわがままでいらっしゃるから……」
「それはそうだな、アレがどうしても離婚だって言い張ったらその通りにしてやるンだわ、でもさ『暴露本書くぞ』とか言えばK内庁はビビってコソっと振込し続けてくれンだろ? あの家の内情って相当なモンだかンな、義弟の高校進学のズルもあるし、下手すりゃお取り潰しモンだからさ……あ、そうか、今のうちにゴーストライター見つけておかないと本出すとかなると時間かかるな、お前、ライターに心当たりねぇ?」
「ありませんよ、そんなところまで他人頼みですか?……でも、日本じゃ試験受けるって報道されてるんじゃないですか? 受けないとまたいろいろ言われますよ」
「ま、そんなことは慣れっこでなんとも思わないンだわ、でも受けたことにはするよ、試験が終わったらゾロゾロ出て来る受験生に紛れ込むの、パパラッチにもタレ込んであるからさ、撮ってくれンじゃね?」
「そんなことまで……受かる気なくても受ければ良いんじゃないですか?」
「あ~、俺、そもそも受験資格ね~から会場入れね~し」
「は?」
「F大のJDコース、2年しか行ってねンだわ、LLMコースと合計で3年行ったことにして卒業資格貰うはずだったんだけどさ、同級生がおかしいじゃないかとか騒ぎやがって、本当は入学資格もなかったのがバレちってさぁ、取り消されたンだわ」
「ロースクール卒業も嘘だったんですか?」
「そうゆーこと、入学までは上手くもぐりこめたんだけどさ」
「ええっ? もしかして入学資格もなかったとか?」
「ね~よ、そんなもん、大学は卒業したけど教養学部だったから法学士じゃね~しさ、一橋大学院も大学院って名前だけど実際はビジネススクールみたいなもんで、修士号とか取れね~から」
「それでも入学できたんですか? どうして?」
「そこはそれ、ロイヤルパワーってやつでさ」
「でも、マーチン奨学金も得たって……」
「どっかから金が補充されてたんじゃね? 俺は知らんけど」
「はぁ……どうしてこんないい加減な人が奨学金まで貰えたのかしらって思ってたけど……」
「なんせ俺、その頃もうプリンセスのフィアンセだったからさ、ほぼプリンスじゃんよ、それくらいは国が何とかするのが当りめ~じゃね?」
「どこまで嘘なのかわかったもんじゃないわね……」
「プリンスってのはさ、イケメンで、優しくて、誠実で、優秀で非の打ちどころがないモンじゃね? それにぴったり当てはまるのは俺くらいしかいね~ってわけ」
「はぁ……『なりたい自分』と『実際の自分』の区別が出来なくなってるんだわ、嘘もつき通しでここまで来たから後ろめたさとか全然ないみたい……それどころか、嘘をついてるって自覚もなくなってるのかも……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も」
「そっか、そろそろ行かねーとな、会場から出てくるところ撮られにさ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「じゃ~な、あと頼んだンだわ」
 バタン。
「はぁ……でも実際すごいわよね、本当に試験受けるのかさえ日本中から疑われるなんてね、そこでまた嘘重ねて平然としていられるんだから……ひょっとすると日本一胡散臭い人なんじゃないかしら……奥様はあの人のどこが良かったのかしら……まあ、常識じゃ計れないメンタルの持ち主って意味で似たもの夫婦なのかも知れないけどね……まあ、あたしには関係ないわ、なるようにしかならない、Let it beよね……」
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