第75話 夫婦別姓について

文字数 2,377文字

 このところ、夫婦別姓の導入を認めるか否かと言う議論をチラホラと見かけます。。
 このことについて朝日新聞(!)が電話アンケート調査をしています。
 結果は賛成69%、50歳以下の女性では80%超という結果になっています。

 ここまで極端ではないにせよ、「別姓にしなくちゃならない、じゃなくて別姓も認める、だから良いんじゃない?」と言う意見はおそらく半数近いだろうと思います。
 確かに、夫婦に女の子しか出来なかった場合は姓が途絶える可能性は高いです、現在でも夫か妻の姓、どちらかを選べば良いとなっていますが、結婚して夫が妻の姓を名乗るケースはあまり多くはありませんから。
 仕事上姓が変わることに不都合、不利益を感じる方もいらっしゃるでしょう。
 親とは別に暮らしていても『嫁』とか『婿』と呼ばれることに違和感を覚えることもあるかも知れません。
 その辺りの合理性を重んじれば夫婦別姓は合理的だと考えることも出来るでしょう。
 
 ですが、本当にそれで良いのでしょうか?

 私は一戸建ての住宅に住んでいます。
 家屋は私の代で建て替えましたが、土地は父が遺してくれたものです(もちろん母も協力した上でのものですが、存命で一緒に暮らしていますので)。
 家の中にいる時は正直あまり感じませんが、出入りする時、特に外から帰って来た時は父が遺してくれた土地に住んでいるんだと感じます。
 仕事は父の跡を継いだ形です、父が亡くなってから30余年経ちますので顧客は徐々に変化していて、父の頃からの顧客は数えるほどになりました。
 しかし、父が亡くなってすぐの頃は地盤をそのまま受け継いだ形でした。
 仕事の内容について、私が思うものと周囲が求めるもののギャップに悩んだこともありましたが、30余年続けて来られているのはやはり父のおかげである部分は大きいでしょう。
 これが農家だった場合は田畑と言う目に見える形で残っているはずです。
 親、ひいては先祖の存在、恩恵をより身近に感じられるのではないでしょうか。

 確かに、会社勤めでマンションに住み、親とはせいぜい盆正月に会うだけ、と言う方は先祖の恩恵をあまり感じないかも知れません、『家』と言う概念が薄いので夫婦別姓に関しても違和感があまりなく、合理性を重視すればそれを認めても良いのでは? と考えることも理解できます。

 ですが、本当にそれで良いんでしょうか?
 夫婦別姓の導入、それは『家』や『家族』と言った概念を破壊しようとするものです。
 
『命』と言うものは代々連なって行くものです、たとえ親と疎遠になっていたとしても、自分の子供が独立して行ったとしても、あなたの命は親から与えられたものであり、子供の命はあなたとあなたの配偶者が与えるものです、それは確かなことです、そして子供は親の庇護なくしては育ちません。
 何らかの理由で片親に育てられたり施設で育つ子供もいるでしょう、ですが多くの場合子供は両親の庇護の下に育って行きます。
『家』や『家族』とはそう言った『命の連鎖』を指すものだ、夫婦が協力して子供を産み、育てて行く営みを指すものだと考えるならば、私たちは今、その先端に生きているわけです。
 連綿と続いて来た歴史も私たちと無関係ではありません、私たちはその先端で生きていて、私たちがこの世を去った後も脈々と続いて行くものです、それこそ地球最後の日まで。
 私たちは今さら旧石器時代には戻れません、江戸時代、明治時代、大正時代、昭和にすら戻れません、平成ですら過去のものになりました。
 今の私たちの暮し、それは過去に生きた人々の尽力の上に成り立っています、そしてあなたの今の暮らしは、両親、祖父母、曽祖父母、そのまた先祖が築いて来たものの上に成り立っているのです。
「私は自分の力で自分の運命を切り開いて来た」と自負されている方もいらっしゃるでしょう、それでもあなたを産み、無力な乳呑児だったあなたを守り、すくすくと成長するように食べさせ、学校にやって教育を授けてくれた親がいるはずです、そしてその親は祖父母から同じ恩恵を受けて来たのです。
『家』や『家族』を否定することはその営みの連鎖を否定することではないかと思うのです。

 夫婦別姓を唱える人たちは『家』や『家族』の概念を壊し、戸籍制度を壊し、ひいては天皇家を廃絶させようとしているのだ、と言う意見も目にします。
 私はそこまでの極論は採りません、おそらくは「その方が合理的だから」とか「男女同権に反する」と言った理由からなのではないかと思っています。
 ですが、今現在の合理性や理念に囚われて、連綿と培われて来た『家』や『家族』と言った概念を破壊することになるであろうことには危機感を覚えます。
 子から孫へ、ひ孫へと命は続いて行きます、その中で『家』や『家族』を飛び出して行こうとする者がいてもそれは個人の自由です、ですが『家』や『家族』を大切にして行きたいと思う者もきっといるだろうと思います、独りで生きて行こうとすることは出来ますが、独りで生まれてくることは出来ないのですから。
 親の恩恵を受けて育ち、やがて子をなして親から受けた恩恵をその子に帰して行く、そのためのシステムが『家』であり、『家族』だと思うのです、そしてそれが現在の価値観に合わないからと言う理由だけで壊して良いものだとは思えません。
『選択制』ですから夫婦別姓が『家』や『家族』を根こそぎ壊してしまうことになるとは思いません、ですが、ひびを入れることにくらいにはなるでしょう、洪水は堤防の脆弱な部分を見つけて決壊させるものです、決壊してからでは遅いのではないでしょうか。

 一度失ったら二度と戻らないものはあるのです。
 私たち現代人は失ってはならないものをしっかり見極めて守って行かなくてはなりません。
 未来を担う子供たちの為に。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み