第86話 シン・桃太郎

文字数 1,719文字

 むかしむかしあるところに、高齢の男性と女性がいました。
 二人は長い間一緒に暮らしていましたが、結婚制度に疑問を抱き、同じ姓を名乗ろうとも思いませんでしたので、事実婚の関係にありました。
 高齢の男性と高齢の女性は一緒に山に柴刈りに行き、また別の日には一緒に川に洗濯に、何事も平等に仕事を分け合いました。
 ある日、二人が川でそれぞれ自分の着物を洗濯していると、川上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来ました。
 二人はその桃を拾い番所へ届けましたが、期日中に落とし主が現れなかったので桃は二人のものになりました。
 桃には産地も賞味期限も記されていなかったのですが、二人で話し合って試しに割ってみることにしました。
 するとどうでしょう。
 中からは両性具有の子供が飛び出して来たではありませんか。
 二人はたいそう驚き、子供を番所へ連れて行き、迷子として届け出しました。
 数日後、親と名乗り出る者がなかったので、二人は養子縁組の手続きを取り、子供を育てることにしました。
 
 子供はすくすくと成長し、ある日二人に言いました。
「お二人とも聞いてください、近頃鬼が人里に現れては乱暴を働き、金品を奪って行くそうです、私は鬼退治に行きたいと思いますので、どうぞ刀を授けて下さい」
 それを聞いた二人は子供を諫めます。
「いけないよ、鬼は鬼でそうするからには何か事情があるはず、それをちゃんと聞きもしないで退治するなど人権……いや鬼権侵害にあたるよ」
「そうだよ、それに鬼は金棒を使うそうじゃないか、金棒に対して刀を使うと言うのは過剰防衛にあたる、刀は授けられないよ」
「そうだよ、戦いは恨みを産み、恨みはまた戦いを呼ぶ、戦わないに越したことはないんだよ」
「こちらが無防備で戦う意思がないことを示すことが、ヘイワに暮らす一番の方法なんだよ」

 しばらく後、鬼が二人の所にもやって来て、金棒を振り回して暴れます。
「子供や、私たち二人は歳を取り過ぎていて戦えない、この刀で鬼を追い払っておくれ」
「いいえ、お二人は以前、仰ったではないですか、鬼には鬼の事情があるはず、そして金棒に対して刀は過剰防衛にあたると、自分の命が脅かされるからと言って主義主張を覆すのは二重規範と言えるのではないでしょうか」
「そんなことを言わずに……」
「わかりました……」
「おい、ぼうず、どうするつもりだ」
 鬼は子供に迫ります。
 すると子供は刀を手にしました。
「以前は二人に意見されて矛先を収めたが、私は理不尽な暴力には反対だ、二人とは主義主張が異なるのだ、私は自分の身と大切な人たちを守るために戦う」
 子供は鞘に収まった刀を左腰に、右手を束に構えます。
「さあ、どこからでもかかって来るが良い、私は専守防衛主義、先に攻撃を仕掛けることはしない」
「そうかい、それならばこれでどうだ」
 鬼は金棒を大上段に振りかぶると真っ直ぐに振り下ろします。
「なんの!」
 子供はひらりと身をかわし、金棒は虚しく地を叩きました。
「ふん、お前は少しはわかっているようだが、所詮は平和ボケだな、大上段に振りかぶった時に斬りかかってくれば隙だらけだったものを、刀を抜きもしないとはな」
「ああ、全くだ、ワシらの長年の工作がこうも上手く行くとはな」
「瓦版屋、役人、寺子屋の師匠などをワシらが金で抱き込んでいたことにも気づかないとは何ともお目出度い奴らだぜ……」
「抱き込んでいた人間はどうする?」
「決まっているだろう? 同胞を裏切るようなクズどもは殺すに限る」
「そうだな、これであらかた人間どもの掃除は終わったな、そろそろ大商人たちを襲うとするか」
「そうしよう、やつらも目出度いぜ、金さえ出せば襲わないと言ったら真に受けやがって瓦版屋たちを抱き込む資金を出すんだからな、国を盗ってしまえば奴らの金も全部こっちのものになるとは考えもしなかったらしいな……」

 それをじっと聞いていた子供は、しばし目を閉じ、そして言いました。
「やはりそうだったのか……許せん」
「ほう? 許せなければどうする? お前のような子供に何が出来る?」
 鬼たちが一斉に跳びかかろうとした時、子供の身体をオーラのようなものが包みます。
「全集中、〇の呼吸……」

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