第91話 桃太郎裁き

文字数 2,077文字

「桃太郎、面を上げぃ」
「ははぁ」
「今日、この白州に呼び立てたのはのぅ、実はお主宛てに訴状が参っておるのだ」
「は?」
「実は奉行にも寝耳に水なのだが、取り上げよと言うお達しがまいっての」
「それは一体どちらから……」
「ゆえあって訴えた者の名は明かせぬのだ」
「左様でございますか、で、どのような?」
「まず、鬼たちを一斉に成敗したのはいかがなものであろうかと申すのじゃ、悪事を働いた鬼もおろうが、そうでない者もおったやも知れぬ、とな」
「女、子供は見逃して参りましたが……」
「それは存じておる、だが牡鬼の中にも悪さをしておらぬ者がおるやも知れぬではないかとのことなのじゃが……」
「しかしながらどのように見分けれはよろしかったのでございましょう、少なくとも成敗いたした者は皆我らに襲い掛かって来たのでございますが……」
「お主の方から乗り込んだのであったな? それも問題視しておるのじゃ」
「私めはどのようにいたせばよろしかったので?」
「あくまで専守防衛を旨とし、襲い掛かられたことを確認してから刀を抜くべきだと……な」
「おそれながら申しあげます、鬼どもが同時にいくつもの町や村を襲ったらいかがなされます? 知らせを受けて駆け付けたのでは遅きに失するのではないかと」
「そうよのう……鬼どもが民を襲うことはわかり切っておるのじゃが……」
「先手必勝と申します」
「左様、それは兵法の基本中の基本じゃ、鬼が攻め込んで来る一点を特定できるのであれば罠を仕掛けると言うような手も考えられるが、鬼はどこに現れるかわからぬからのぅ……奉行もお主の申す事、いちいち合点が行くのじゃが……訴状によると鬼どもが先に仕掛けて来たと言う確証はないのではないか? とのことなのじゃが……」
「ビデオもない時代のことでございますので……」
「さもあろうな……もうひとつ、持ち帰った財宝は全て奪われたもので相違ないか?」
「……そうおっしゃられますと……ひとつひとつ記名されてはおりませぬので」
「さもあろう……それと」
「まだ何か……」
「鬼であることと、悪事を働くことはまた別であろうと……」
「は?」
「つまり、鬼だと言う理由だけで悪事を働いたと見なし、成敗したのは差別であろうと……いや、これは奉行が申すのではない、訴状に書かれておるのだ」
「お言葉を返すようではございますが、鬼と言うものは左様なものではなかろうかと……」
「……奉行もそう思うのだがな……鬼ヶ島での戦のさなかにそのような余裕がないことも確かであろうしの……」
「私めはいかがいたせばよろしかったのでしょうか」
「話し合うことで解決は出来なかったであろうか?」
「私どもの姿を見るなり襲い掛かって来ましたゆえ……」
「あるいは……鬼どもを全て生け捕りにして裁きにかけることができたならば……」
「生け捕りにするには相応に戦力の差と言うものが必要でございます、私の部下は犬、猿、雉だけでしたゆえ……」
「そう、そこも問題視されておるのじゃ、黍団子と言う些少な報酬で生死を掛けねばならぬほどの仕事をさせていた、これは労働基準法に違反するのでは……とな」
「この時代に労働基準法でございますか?」
「まあ、明文化されたものはござらぬがの、常識の範疇にないことは明らかゆえ……」
「犬、猿、雉は義勇心に駆られて供を願い出て来たのでございます、黍団子はいわば固めの盃のようなものでございます」
「さもあろうが……その証となるものは?」
「あの者どもに直接お聞きいただければ」
「ああ、そうじゃの、それはそういたすとしよう……じゃが、『差別』の方はのう……」
「鬼は人に害をなすものにございます、殺されて金品を奪われる者もありました、辱めを受けるおなごもありました、私はそのようなことが続くことにどうにも我慢がならなかったのでございます」
「そうじゃ、その通りじゃ……済まなかったな、お主の言葉に奉行も心を動かされた、身分をかけることになるやもしれぬが、それがしも闘うことと致そう、きれいごとを並べたてて民の命をないがしろにし、鬼に肩入れするようなことが正しいとは思えぬ、ポリティカル・コレクトと言う名の欺瞞じゃ、まやかしじゃ」
「ポリティカル・コレクト……でございますか? この時代に英語が?」
「細かいことは良い、見ておれ、桃太郎よ……確かに差別はいかん、じゃがそれが行き過ぎれば逆差別となるのじゃ、世の中、きれいごとばかりでは治まらぬ、きれいごとには中々反論できぬものじゃが、そこが奴らの狙い目、そこに異を唱えなければ奴らの思う壺じゃ、しっかり声を上げれば賛同する者も多いはずじゃ」
「『奴ら』とは?」
「はじめに申したであろう、わけあって名は明かせぬとな……じゃがな! ええい! この桜吹雪は日本人の心じゃ! きれいごとを並べ立てて世の人々を惑わし欺こうとしてもお天道様とこの桜吹雪がお見通しよ!」
「ははっ、おそれ入りましてございます、私のような者でも何かお役に立てることがありますならば何なりと」
「おうよ、こいつは力強い援軍だぜ! ともに闘おうぞ! 人の世に巣くう内なる鬼どもともな!」
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