第31話 注釈の多い社説

文字数 1,711文字

 朝日新聞の社説に注釈をつけてみました。

「日の丸」に対しても、複雑な感情を抱く人々がいる。(注:ここで言う『複雑な感情を抱く人々』は主に朝日新聞がシンパシーを感じる特定国のことである、また朝日新聞購読者にも多い、それゆえ『そう言う人々が沢山いる』と言う印象を与え、正当化する狙いがある)
 戦後75年が過ぎても、そうした人々から見れば、日の丸を掲げる行為そのものが、侵略戦争の暗い記憶を呼び起こすものにほかならない。(注:大東亜戦争が『侵略戦争』であったかどうかは様々な意見があるが、ここでは『侵略戦争』とさらりと言い切る、朝日新聞が礼賛する『多様性』はここでは認められない)
 東京五輪で旭日(きょくじつ)旗を振るのを禁止すべきだ――。最近、韓国の人々からは、そんな声も伝えられる。旭日旗は旧日本陸海軍の旗であり、いまも海上自衛隊の自衛艦旗である。(注:韓国で旭日旗が糾弾されるようになったのは2011年1月25日からである、サッカーの試合において、猿の真似をして日本チームを侮辱したことを咎められた選手が『旭日旗が振られているのを見て思わずやってしまった』と弁明したことに端を発する、なお、旭日旗が猿真似とどうつながるのかは全くもって不明である)
 日本政府は「(旭日旗が)政治的主張だとか軍国主義の象徴だという指摘は全く当たらない」と反発している。(注:前述したように、戦後70年近くにわたって旭日旗が軍国主義の象徴であると言う指摘はされてこなかった、前述のサッカー試合以降、2011年からである、加えて各国の軍隊も軍隊旗を掲げるが、それらを軍国主義の象徴とする論調は朝日にはない、あくまで旭日旗のみ)
 そう簡単に言い切れるものだろうか。(注:疑問の投げかけの形式を取っているが、~が懸念されるという言い回しと同様、『問題視せよ』と言う呼びかけ)
 昨年のラグビーW杯の観客席でも一部で旭日旗が振られた。わざわざ国際競技の場に持ち込む人の目的は何だろう。快く思わない人たちがいることがわかっている旗を意図的に振る行為に、「政治的主張」はないといえるのだろうか。(注:旗を持ち込むべきでないと言う主張も政治的主張であることはここでは隠されている、あるいはそもそもそこに気づいていない)
 旗がまとう背景や、使う人の意図によって旗は色々な意味を映す。受け止める人次第で見え方が正反対になることもある。(注:そもそも旗が国や組織を象徴するものである以上、敵対する国や組織にとっては見え方が変わるのは当然、日の丸や旭日旗に限らない)
 ニューヨークの国連本部に行くと、ずらりと並んだ国旗の列に圧倒される。地球上には何と多くの国家があるのかということを旗の存在が教えてくれる。
 国だけではない。多様な枠組みでの組織や集団、もっと言えば、様々な主張や考え方も旗は代表している。(注:日の丸は日本国民団結の象徴であって、特定の主張や考え方を象徴するものではない)
 例えばレインボーフラッグに込められた意味は、平和や愛、性的少数者の権利保護など。英諜報(ちょうほう)機関MI6は近年、この旗を本部に掲げた。あらゆる人材を歓迎するとのメッセージと受け止められたそうだ。(注:レインボーフラッグには平和を象徴するものとLGBTコミュニティを象徴するものの二種類があるが、それらを混同している、あるいは意図的にあいまいにしている)
 五輪で旗を掲揚するのも、分断や対立をあおる目的ではないはずだ。(注:あまりにも当然のこと、逆に分断や対立をあおる目的があるのではと邪推する根拠を聞きたい)
 東京五輪での行動計画には「共生社会の実現をめざす」とある。国別対抗が注目されがちな五輪だが、他者を認める機会としても意識したい。(注:そもそも、日本人が他者を認めないと言う認識はどこから来ているのだろうか?)
 なぜ、旗を掲げるのか。五輪を前に一人ひとりが立ち止まり、自由に考えてみるのはどうだろう。歴史を学ぶ、他者を尊重する、平和の尊さを発信する。旗の数だけ、それぞれの思いがあっていい。(注:朝日新聞があの社旗に込めた思いとは?)
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