第十二章 空港にて7 最終話「さぁ、帰るぞ」

文字数 1,079文字

 空調をかき消すように銃声が鳴り響いた。後頭部を打ち付け、斉藤が倒れ込む。 鮮血が滲み出し、仰向けになった斉藤をじわじわと赤い液体が囲い込んでいく。微かな煙が銃口から沸き立つと、火薬の匂いが辺りに漂い始めた。硬直したクロードの右腕から、アランがGlock18を抜き取った。それを腰元に仕舞いながら、フライトバックへと歩み寄る。
「さぁ、帰るぞ」
 それを手にすると、アランはライターを取り出してそう呟いた。シュッと乾いた音を鳴らして炎が立ち上がる。立ち尽くすクロードは、血濡れた斉藤を見つめ続けていた。揺らめく炎を一瞥すると、アランがライターを放り投げる。…何も変わらない。引火していく炎を見つめながら、レオは頭の中で呟いた。生まれた環境や家族構成や、病歴や学力や財力によって、個人の歩んでいく道には歴とした格差が潜まれ、その根底を覆すことは出来ない。現に大金を手にして現在地から抜け出そうと試みたところで、目を覚まし、心地よい夢から引き戻されるように煌めきは奪い去られ、これからまた、齷齪する混沌とした日常が繰り返されていく。炎が斉藤の衣服を燃やし始めた頃、アランは階段を昇り始めた。…あまり、期待するな。いつの日か、そう語り掛けられた言葉を思い出し、レオは虚しく鼻で笑った。自分が幽閉されるべき存在だと受け入れていくように、クロードは口を閉ざして階段へと歩み寄る。…所詮、こんな物なのだろう。霞んでいた景色が晴れ渡ろうと、結局そこに灰黒い雨雲が立ち現れる。そうして、彩られた景色を一度も見ることも無く、仕舞いには、そんな世界を求めていたことすら忘れてしまう。燃え盛る炎に差し向けていた足先を動かし、レオは彼らの背中を追うように歩み始めた。ほんの僅かな時間でも、形作られた景色を異なる地点から見渡せた。そう記憶を塗り替えながら階段に足を踏み入れる。例えこれから単調な日常が繰り返されていこうとも、色あせたモノクロ写真のように記憶が磨耗されていこうとも、そんな場所へと登り詰めたことが、街の片隅に佇むモニュメントのように、微かな彩りを携えた痕跡を脳裏に刻むことが出来た。腐敗した血液を飲み込むように、レオが苦心を抱きながら目の前の事実を受け入れようとすると、頬に風がなびく。その風は、ザクロと薔薇を蒸留したような微かな香りを漂わせていた。階段を駆け昇って、クロードの横を通り過ぎ、その足音に振り返ろうとするアランの腰元から、Glock18を抜き取った。
「…ところで」
 銃口をアランに差し向けると、冷めた口調で由美子が囁く。
「ところで、私はどうなるの?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み