第二章 決別5「…なぁ。俺、間違っているかな?」

文字数 1,168文字

 トランクを開けると紙袋を手繰り寄せて、レオはバッテリーボックスの蓋をそっと開けた。ビニールに包まれた白い粉を目にすると、由美子は溜息を漏らした。
「あなた、確実に誰かを怒らせてしまったのね」
 レオが直ぐさま蓋を閉じて紙袋を追いやろうとすると、身を乗り出した由美子がそこに手を沈めた。
「こんな物まで盗んできちゃって。テロでも起こす気?」
 箱に入った銃弾を目にすると、由美子は呟いた。レオがそれを奪い返す。
「…違うんだよ」
「違うってなにが?」
 紙袋に戻すと、トランクを閉めた。
「こんなことになるなんて、思ってもみなかった」
 それを聞くと、後ろで煙草を吹かしていたクロードから、由美子はマルボロを受け取った。
「これで、易々とパリには戻れなくなったね」
 レオがアスファルトの地面に視線を落とす。
「それで、どうするつもりなの?」
 煙を吐き出すと、煙草の縁を指先で叩きながら由美子は問い掛けた。
「どうするつもりなの?」
 暫く俯いていたレオは、何も言わずに助手席へと向かった。煙草を咥えて、由美子がその様子を見つめている。扉を開けると、レオはダッシュボードに手を伸ばした。
「ここに、薬を必要としている顧客のリストがある」
 黒革の手帳を掲げて、レオはそう呟きながら由美子達に歩み寄った。
「彼らを尋ねて売り捌くんだよ、運搬係とかいってね。だから、急いでカンヌに向う必要もない。あっちに行っても売れるって保証はないしね。それで、金を生み出したら、暫く国外にでも行こう。いつになるかわからないけど、ほとぼりが冷めた頃、また戻ってくればいいんじゃないかな」
 そう語り終えると、レオは黒革の手帳を膝元まで降ろした。吸いかけの煙草がアスファルトへと弾き飛ぶ。
「始めから、そうしたかったんでしょ?」
 赤い革靴がそれを踏み潰した。由美子の言葉が頭の中で駆け巡ると、レオは軽蔑していた相手に懇願する自分の姿を思い浮かべた。それは誘惑に負けて見ず知らずの女の部屋へと向かう後ろ姿に似ている。
「…そう、それが望みだよ」
 黒い灰を刷り込ませたアスファルトを越えて、由美子が助手席へと向かっていく。
「簡単に捕まったりしたら、許さないからね」
 そう吐き捨てると、車に乗り込んで力強く扉を閉めた。その音を耳にすると、レオは視線をクロードへと向けた。
「…なぁ。俺、間違っているかな?」
 煙草を捨てると、クロードは何も言わずに後部座席の扉を開ける。
「間違えてないよな。…なんにも、間違えてないよ」
 自傷気味にそう呟くと、胸元に黒革の手帳を掲げて、レオはそれを見つめた。あの時抱いていた空腹感に似た感覚は影を潜めて、混沌とした自覚に囚われていく。
 メガーヌ・ルノーのトランクを見つめると、レオは肩を落として運転席へと歩み始めた。
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