第七章 歪んだ現実3「それからかな、彼との関係が築かれたのは」

文字数 1,934文字

 ジャックの横に座ったピエールがそう答えると、彼らは顔を見合わせて思い出に浸るように表情を綻ばせた。ペリエを口にすると、ピエールの中性的な口調が場の空気に独特な親しみ易さを生み出しているように、レオは感じた。それはまるで、男女も関係なく、河原で遊び回っていた幼い頃の感覚に似ている。
「けどね、いかれた聖教者の中には、私達の存在自体を良く思っていない人達もいるの。警察に擁護してもらいながら、プラカードを掲げてパレードに抗議したりね。…まぁ、それが一種の恒例にもなっているんだけど。ただね、彼らの理論なんて支離滅裂。聖書の中で自分たちの信じ込みたい箇所だけピックアップして、平然とそれを口にしている。ほんと、もう笑っちゃうレベルよ。なのにね、それでも扇動される可笑しな人達もいて、三年前は、それでパレードが変な方向にいっちゃったの。身も蓋もない差別を浴びせられ、こっちも拡声器で応戦。すると、ヒートアップした彼らが投石を始めて、警察も交じった、ごちゃごちゃの争いになっちゃったのよ」
 ピエールの話しを縫うように、ジャックが空になったコロナを指さし、もう一杯いかがですか? と語り掛けた。クロードが瓶の上に手のひらを置いた。
「それでね、私は無実の罪で投獄。街の秩序を崩す発言と、彼らに暴力を振るったって。それを聞いて、パリも死んでしまったのね。って、私は強く思ったわ。確かに応戦として発言したのは認めるけど、神聖なるパレードを穢し始めたのは彼らだし、暴力を振るったなんて言われようもないデマ。だから、私は抗議し続けたんだけど、認めないとここから出さないってね。ジャックと共闘しても、全くダメで。そこで助けの手を差し伸べたのが、あなたのお兄さんってこと。パレードの私達を見て感銘を受けたってね。どうやったのかは、ユーモアではぐらかしていたけど、警察を丸め込めて、私を解放してくれたの」
 そこまで話し終えると、ピエールはペリエを口元へと運んだ。
「それからかな、彼との関係が築かれたのは」
 そう呟くと、静かにペリエを口にする。
「昨年、この事務所の完成披露宴にも来てくれました」
「失礼ですが、ここの事務所は?」
 ジャックの話しに興味を抱くように、由美子が問い掛けた。
「…あなたは?」
 由美子の頬の色を一瞥して、ジャックが聞き返す。
「柊といいます」
「ヒイラギさんですね。…それと、こちらは」
「兄のクロードです」
 レオがすぐさま答えた。
「あなたがクロードさんですね。よろしくお願いします」
 そう声を掛けられても、テーブルに置かれたコロナの瓶を見つめて、クロードは何か考え込むように黙っていた。
「ここでは、レオさんが興味を持って頂いた物を作っています」
「あの戦闘機のことでしょうか?」
「あれは一種の憧れでして、実際の作っているのは別のモデルですが…」
「フランスの航空飛行機の設計者にとって、ミラージュシリーズは憧れの対象なの。性能的にはアメリカに劣るけど、初めて自国の設計者だけで戦闘機を作ったってね」
 ジャックの話しを補足するように、ピエールが語った。
「私達がダッソ−社に所属している頃は民間機を担当していましたが、今は軍用機のエンジンやプロペラなどのデザイン設計を行っています」
「つまり、そのような関係者のいるパーティーに、アランも参加していたということでしょうか?」
 国賓扱いの主席に話すようなジャックの口調につられ、レオの言葉もパブリックな場を意識したトーンへと変わった。身を乗り出してピエールが口を開く。
「そうよ。彼は私達の友人とも直ぐに親しくなったわ。あれは、天性の才能よ。その場にいる人間を直ぐに見分け、ユーモアと知性を織り交ぜながら、政治や世界情勢を語ったりしてね。それに、ワインも頂いたわ。私とジャックが出会った年のビンテージ物をね。雄弁でありながらチャーミング。それに加えて、あれだけの気配りができる紳士は、世界中探してもそうそう居ないでしょうね。御兄弟でありながら、あなたもそう思うでしょ?」
「…いやっ、普段は、そんな素振りを見せないので……」
 ピエールが語るアランの姿に疑問を抱きながら、レオは言葉を詰まらせて呟いた。
「…そう。身内に見せる姿は、また違うのかもね」
 由美子がジントニックを口にする。それを一瞥してから、ピエールは呟いていた。それを目にしたレオは、ピエールの親しみを滲ませた口調に違和感を抱いた。なぜそう思ったのかは釈然としないが、次第にその違和感が輪郭を形成していくと、汗に濡れたシャツを着込むような不快感を、レオは感じた。
「それから暫く経った頃です。あの研究を打ち明けて頂いたのは」
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