第十二章 空港にて5「何の話しだって?」

文字数 1,404文字

「紹介するよ、斉藤だ。ジャック達に、彼の事も聞いているだろ?」
 銃口で斉藤を示すと、アランは引き金を引いた。銃声が反響し、耳鳴りがレオを襲う。床に崩れ落ち、斉藤は唸り声を上げてのたうち回った。彼の右膝からは、鮮血が溢れ出している。
「ES細胞の研究では秀でた技術を持っていてね。出費は嵩んだけど、それに見合うだけの成果は得られたよ」
 淡々と呟くと、Glock18を腰元に仕舞い、アランは鉄網の裏に屈み込んだ。歯を食いしばり、肘を立てて、斉藤は上半身を起こし上げる。膝に視線を送ると、内側の靱帯が切れ、皿が九十度外側にずれていた。弾は貫通しているが、皿を抜かれた膝は足を曲げる機能を失っていた。
「なんなんだ!! 君はなんなんだ!! 結局は金か。金欲しさに、私を騙したんだな!!」
 空調ダクトの裏から段ボールを取り出すと、アランはそのガムテープを引き剥がした。長方形の灯油缶を手にして、くるくると丸い蓋を開けていく。
「昔々、パリのとある街に貧しき男女が暮らしていました」
 灯油缶を握り締めたアランは、そう呟きながら斉藤のもとへと歩み寄る。汗を流す男の額、光の粒を掻き分けていく黒い革靴。床に拡がった鮮血に、オーロラ色の灯油が入り交じる。目の前で繰り広げられる光景を、レオは観察するように眺めていた。
「男は仕事を求めて街へと赴き、女は街の至る所で物乞いを行って過ごしていました」
 右膝に灯油が注がれる。斉藤は唇を噛み締めて顔を歪ませた。無慈悲な裁判官のように、アランは灯油を垂らしながら語り続ける。
「そんなある日、女は街でとある広告を見つけました。その広告には、他人の子どもを身籠もることで多額の報酬を与えると書かれていました。それを知った女は、すぐさま掲載元の医師と連絡を取り、代理出産の知識を獲得しました」
 斉藤の衣服に染み渡ると、アランは円を描くように彼の周囲にも灯油を垂らし始めた。それを描き終えると、道筋を途切れさせないよう後ろへ下がり、灯油の線を導いていく。
「男と相談すると、女は他人の子どもを身籠もって出産し、規定通り報酬を得ました。その間に男も仕事が見つかり、その後、彼らは二人の男児を授かった」
 こうやってセレナも焼かれたのだろうか。灯油に溺れた斉藤を目にして、レオはそう思った。昨日由美子が言っていた。…私は、使い捨ての存在と。もしかしたら、そんな存在に成り下がったが為に、セレナは焼かれ、この日本人男性も消されようとしているのだろうか。
「それから数年後、脳障害を抱えた男の子を引き連れて、医師と依頼主は彼らのもとを訪れた」
「…なぁ、アラン。君は一体何の話しをしているんだ?」
 灯油缶が斉藤の頬をかすめる。壁にぶつかり、灯油缶の乾いた音が鳴り響く。
「何の話しだって?」
 そう呟くと、アランはシルバーのライターを手に取った。
「やめろ!! 燃やすな、燃やさないでくれ!!」
 斉藤は床を蹴ってずり下がろうとするが、灯油で足を滑らせていた。それを鼻で笑うと、アランは煙草に火を付けて、煙を深々と吸い込んだ。
「彼らは、その子どもを夫婦へと押しつけた。裁判を起こすにしても金はなく、二人はその子を引き取らざるを得なかった。不可解な家族から父親は消え、生活に困った母親は俺達を施設に預けて、どこかへ行ってしまった。…これでも、何の話しか理解出来ないかな? …斉藤先生」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み