第三章 秘密3「…あなたの娘さん。赤色、好き?」

文字数 1,468文字

 ブランド物の紙袋を抱えたミアは、差し出されたスムージーを受け取る為にそれらをベンチの隅に置いた。イチゴとブルーベリーの果汁をストローで混ぜていると、ビニール袋をぶら下げた由美子がコーヒーを啜りながらベンチに腰掛ける。サングラス越しに隣のスペースを一瞥して、ミアに腰掛けるよう促す。
「仕事を紹介してくれて、本当にありがとうね。ショッピングなんて久しぶりだっから、楽しかったなぁ」
 ベンチに腰掛けると、由美子の手を握り締めてミアは笑みを浮かばせた。
「さっきは疑ったりしてごめんね。こんな楽しい仕事なら、私、いつでも引き受けるから」
 紙コップを持ち直して、由美子がさりげなく手を解く。
「とりあえず、私の仕事はここまで。明日からは、彼の指示を聞いてね」
「あなたは来ないの?」
「私は仲介するだけなの」
「どうして? 運びをやれば、もっと楽しめる筈でしょ?」
 由美子は黙ってコーヒーを啜った。その様子を感じ取ったミアが、ストローに口を付ける。
「…あなたの娘さん。赤色、好き?」
 唐突に由美子が呟く。
「赤? うん、好きだよ。ヘヤゴムやおもちゃのブレスレットも、赤に揃える位だからね」
「じゃぁ、これはあなたの娘さんに」
 そういって、由美子はビニール袋を差し出した。
「サイズはわからなかったから、大きめの買っておいた。女の子は、おしゃれをしなくちゃね」
 紙コップをベンチの横に置くと、由美子は立ち上がった。ミアが中身を確認すると、そこには小箱に包まれた子供用の赤い革靴が綺麗に梱包されていた。立ち去ろうとする由美子の背中にミアが声を掛ける。
「ねぇ、ユミコ」
 名前を呼ばれて由美子は立ち止まった。
「私達って出会う運命だったのかもね。…違う場所だったら、もっと良かったけど」
 それを聞くと、由美子は振り返ることもせず再び歩き始めた。通過する車を見届け、交差点を渡っていく。そんな彼女の後ろ姿をミアは目を細めるように眺め続けていた。

 地下鉄を降りたが、ここが何駅かわからなかった。アパートへと向かう電車に乗り込み、数駅過ぎた場所で降りる。最近は見知らぬ街を散策することが増えた。特別な理由なんてないし、理由を考えること自体気が進まない。それに、ここ二日間ラリーから幾度と着信があったが、それを取る気力さえも失っていた。
 改札を抜けると、由美子は通路の角で花売りが店を構えているのに気が付いた。そこを通り過ぎようとして、ピンクの薔薇に目が止まる。つぼみから抜け出したばかりで花びらが内側に屈んでいたが、その花に見とれて由美子は立ち止まった。すると、顎髭を蓄えた店主が歩み寄る。
「花は良い物だよ。生活に彩りを与えてくれる」
 飾られた花から不要な葉を摘まんで、店主は話し続けた。
「君も想像して欲しい。朝起きた時、テーブルに一輪の薔薇が咲いている様を。それだけで、一日が華やかな物へと変わっていく。そう思わないかね?」
 そう問われると、由美子は屈んでいるピンクの薔薇を指差した。
「それを一輪。プレゼントだけど、たいしたことじゃないの。…だから、適当に包んで貰える?」
 店主は由美子が指差す薔薇を見つめ、これかい? と、疑問を込めるように問い掛けた。由美子が小さく頷くと、店主はそれを抜き取って枝を適当な長さに切り分けた。
「素晴らしい一日を」
 透明のビニールに赤リボンを結ぶと、店主はそう呟いて薔薇を差し出した。紙幣を渡し、それを受け取る。花屋を立ち去ろうとすると、店主は目元を緩ませて由美子を見送っていた。
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