第三章 秘密5 バネの軋む音

文字数 1,459文字

 天井は雨水の薄黒い染みで覆い尽くされ、窓枠の隙間から伸びたツタが鉄柱に絡まっている。亀裂の入った壁に身を寄せて、僅かながらの外光を頼りに廊下を歩き進む。突き当たりを曲がると大広間が拡がり、砕けたブロックや裂けた板が転がって、泥水がそれらを覆っていた。壁を這う階段の手すりは朽ちて崩れ落ち、骨組みだけ残されたベッドが広間の中央に放置されている。どこかから足音が響き渡り、蝙蝠が飛び立った。ガラスの破片を飛び越え、由美子は階段を駈け昇る。
 二階には、塗料の剥げ落ちた廊下が続いていた。その先に鉄格子の窓があるが、木々に囲まれて陽光は遮られている。由美子はその廊下を歩き始めた。手前の病室を覗くとホテルのスウィートルームのように広々としていたが、床は所々穴が空いて下の階へと突き抜けている。バネの軋む音が奥の病室から聞こえた。その音は規則的に鳴り響き、次第と激しくなっていく。後戻りして階段に足を踏み入れたが、下から水たまりを踏み締める音が聞こえて立ち止まった。レインコートのポケットから小型拳銃を取り出す。それを構え、静かに廊下を歩き進めた。扉の開け放れた病室に銃口を向けながら、バネの音へと近づいていく。荒れた呼吸音と男達の声。壁に背を寄せて息を潜める。アフリカの民族舞踊で発せられる言葉のように、男達の声は聞き分けることができなかった。壁を擦りながら、声の聞こえる扉の横で立ち止まる。その隙間から、由美子はそっと部屋の中を覗いた。
 入り口にはシルクのカーテンが垂れ下がり、それを透かすように蝋燭の炎が至るところから灯されていた。円形の絨毯に糊の効いたシーツと羽毛布団を備えたベッドが置かれ、それらが木製の襖で仕切られている。そんな空間が五つ程設けられ、その上で男女が交じり合っていた。女の顔にはピエロのマスクが被されて、ベッドの脚に繋がれた手錠が両足に取り付けられていた。襖は空間の仕切りを意識させるだけで周囲を一望できるよう設けられ、中央のバーカウンターにはタキシード姿の男が腕を後ろで組んで佇んでいた。小型拳銃を懐に隠すと、由美子はそれらの様子を見つめていた。
 奥のベッドではアナルとヴァギナに男性器を挿入されたブロンドのピエロが、シンバルを叩き付けたような金切り声を挙げて呻いている。右側のベッドでは、黒髪のウィックを付けた男が真っ赤なロウソクで女の乳輪に蝋を垂らし、手前のベッドでは、男がピエロの口元をカッターナイフで切り裂き、そこにペニスを突き刺して激しく前後に揺すっている。その隣では、幼児のように膝を丸めて横たわっている男が、執拗に女の乳首を吸い続け、自分の性器をまさぐっていた。その様子を見届けると、バーカウンターの男は棚からオーロラグリーンの鉱石で作られた長いパイプを取り出し、乳首を吸い続ける男のもとへと歩み寄る。パイプの先に丸い香を詰め込むと、足下の蝋燭で火を付けた。煙をくぐもらせ、乳首とすり替えるように男の口元に吸引部を差し出す。その煙を吸い込むと、突如と女の足を鷲掴み、男は自分の性器を押し込んだ。その男を視界に留めていると、ふと視線を感じ、由美子は部屋の隅を見返した。ベッドに放置されている女が、顔を傾けてこちらを眺めている。けれども、マスクに覆われて表情を読み取ることはできなかった。股を開け放ち、使い捨てられた人形のように佇むそのピエロは、助けを求めることもせず、模られた微笑みを浮かべていた。

*9月2日より、毎日18時〜配信致します。
*10月10日 最終話 配信予定。
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