第28話 四日目(7)

文字数 1,081文字

理不尽の果て、上原が喋ったのは照屋の居場所だけだった。何をしているか迄は誰にも分からないのが彼。
弘はマカラ一人に何かを託し、進と達也を連れてセダンに急いだ。上原はそのまま。朝になれば、裸の彼を誰かが見つけて警察沙汰になる。逮捕まで待ったなしなので、一刻も早く問題を解決して街を出なくてはならない。カウント・ダウンの始まりである。
止まれない弘達が向かった先は隣り町の卑俗なビルの二階の一室、クラブ愛琉。朝四時に閉まるそこは、牧港派が入り浸る店として確かに有名である。
パトカーも目を瞑る無人の夜道だが、ドアのない後部座席のせいで、会話のない車内は騒がしい。二度道に迷った末に覚えのあるネオンを見つけた達也は、店から距離をとってセダンを止めた。エキセントリックな生き物の巣に闇雲に乗り込むのは自殺行為。閉店まで壊れた街並みに紛れ、照屋が一人になるのを待つのである。
ビルのエントランスに動きが出たのは、車中に吹き込む湿った夜風から排気ガスの臭いが消えかけた頃。照屋とは背格好が程遠い二人の男がビルから踊り出たのである。酔っている様だが、多分いつも通り。助手席の弘の合図で身を屈めた三人は、疎らなネオンに照らされる男達が肩で風を切りながら裏道に消えるのを見届けた。
束の間の緊張が時間と共に緩み、三人が座り直した直後、異様な男がもう一人、似た体でビルから姿を現した。頭を小さく揺らしながら周囲を大きく見渡した末、無灯火のセダンの方をはっきりと睨んでいる。ネオン・パープルに顔を染めたその男こそ照屋。上下の唇に連なる傷跡と、細身の体に合わない太いスーツが彼の生きづらさを教える。流行への無関心以前の問題。別世界の住人である。
照屋は慣れた様子で長い筒を構えた。牧港派の彼が肩の座りを気にしながら構えるなら、それは武器。イサカM37、連続射撃可能なベトコン泣かせのショットガンである。
「ふぃんぎーんどー。(逃げるぞ。)」
誰が発した声か分からなかったのは、皆の気持ちが一緒だったから。死が前触れもなく訪れると経験で知る彼らは、銃弾の雨をかい潜る奇跡を信じていない。
しかし、バックするために振り返った弘と達也が見たのは、後部座席の進に向かい、両脇から近付く銃身。獲物に狙いを定めた肉食獣の様ににじり寄ったのは、ついさっき暗闇に溶けた二人だった。
仲間がいる方向にショットガンは撃てない。勝負を諦めない達也は鼻を膨らませて照屋を振返ったがそこまで。続いて姿を現したヤクザの群れに、銃身の放つ光を見たのである。表情のない弘を一瞥した達也は気持ちのやり場を失くし、ハンドルを何度も握り直した。
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