第72話 エピローグ(2)

文字数 627文字

一方、教団施設の門前で総代を迎えた信者達の顔には、心からの笑顔が溢れていた。時効か否かを問わず、皆、洋子の一件以来、警察官を見る度に緊張して背筋を固くしていた筈。地域課の気まぐれで、ある時からはそれが毎日。その一切が終わったのである。平坦な道だけを歩んできた訳ではない彼らが意味を感じるのは生きている今、この瞬間だけ。先のことはともかく、世間が何を言おうと、今の彼らは幸せに違いない。
長年の疑問が決着した今、地域課の面々が間近に教団を見守ったのは、皆の興奮が不穏な流れを生むのを嫌ったから。そもそも自分の拘りで一連の捜査を生んだ渡会は、勝ち鬨を上げる皆の様子を慎重に探り、間もなく忘れてはならない一人の少年の姿を見つけた。
半袖半ズボンの寛人である。勝訴の報を聞いて駆け付けたホット・パルスも一緒。大人の信者達の足元を縫い、もみくちゃにされる総代に近付いた寛人は、今日のスターに必死に声を掛けた。しかし、幾ら寛人が手を伸ばそうにも、幾重にも重なる大人の腕に勝ち目はない。人に流されながら声と身振りの限界を知った寛人は、子供なりの常識が生む遠慮を捨てた。服が伸びても構わないから、とにかく体にしがみ付くのである。動きに明らかな抵抗を感じた総代が小さな仲間にようやく気付き、左右に揺れる頭を力強く撫でると、笑顔をこぼした寛人は転がる様に跳ねた。
これから総代が向かう先は、ベッドに横たわる宗祖の元に違いない。今日も彼はあの日のまま。相も変わらず、生か死かである。
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