第58話 八日目(8)

文字数 4,072文字

「鶴来、宗祖の発言について報告を。」
待望の夜の捜査会議。月城に指名されると、鶴来は昼間の雑談でとっくに語り終えた話を余所行きの言葉に直した。
「それでは報告します。宗祖は教団の運営に介入してきたスジモノ(暴力団員)の男の非道な要求のために精神的に疲弊し、暴力を行使して教団からの排除を試みた際、男と内縁関係にある大城さんの頭部を誤って殴打し、殺害したと言っています。」
月城は橋本のためにひとつずつ丁寧に確かめていく。
「男のケツモチ(バックの暴力団)はどこか。」「総代と大城さんが沖縄にいた頃に関わりのあった牧港派に所属していた様ですが、当時の本人は東京に拠点を移していました。大城さんが沖縄をあとにした時に仕事仲間の女性が何人か抜けたことが関係しているかもしれませんが、詳細は分かりません。」
「具体的に男とは誰か。」「照屋隆さんです。前に報告した通り、母親が医療関係者で、中絶や薬を請け負って売春のネットワークを広げていました。プロの顔つなぎではなく、訳ありの少女に住む場所を与えて借金を負わせ、職を仲介して、薬で現実逃避させて抜けられなくするやり口です。大城さんは戸籍がないために一人で家が借りられず、遊び仲間を通じて、照屋さんと知り合っています。」
「大城さんが教団と接触した頃、照屋さんとの関係はどうだったのか。」「その時期どうだったかは分かりませんが、縁は残っていたということです。」
「大城さんは総代と関係があったのではないか。」「沖縄時代から大城さんは照屋さんとの関係を恋愛関係とはとらえていません。男はそういうものだと思っていた口だと思われます。」
男が男女の仲を語ると黙っていられなくなるのが賀喜。
「大城さんは宗祖とも関係のあった可能性があります。宗祖は大城さんの体の秘密を知っている様な発言をしていました。遺体を処理する時に見たのかもしれませんが、彼女が総代と関係を持った経緯から考える限り、総代が教団を離れた後、独りでいたとは思えません。」「可能性としてはありえる。」
憶測を許さない筈の月城は、賀喜の発言を認めると改めて鶴来を見据えた。血が滾ったのか、左眼の朱は朝より強い。
「大城さんは教団の中で自分の発言権が強まるのを待って、照屋さんを教団に引き込んだのか。」「そこは意図的ではなかった様です。大城さんは教団の関連施設のホスピス科の仕事に真摯に取り組んでいましたが、偶然、臓器移植の必要を生じて、医療関係の裏ルートのある照屋さんに頼った様です。」
「詳しく。」「はい。ジェームズ・ハンスバーガーさんという樹木葬を希望する男性が教団の病院に搬送され、奥様が臓器を提供できないか相談した様です。」
「提供者ではなく提供先を探すために照屋さんに頼ったということか。」「はい。まずハンスバーガーさんですが、宗教関係の研究者で教団の情報をある程度持っていました。当時の日本は欧米と違って臓器移植を禁止していましたが、生前から教団にその壁に挑戦してほしいと思っていた様です。提供者を探す訳ではありませんし逃げ道はあるので、教団側もあまり警戒しなかったのだと思います。」
中村は遠い日の過ちに疲れた。
「金蔓と思われるのは一緒なのにね。」
皆が同じ思いで頷く中、月城は淡々と質問を続けた。
「照屋さんは何をしたのか。」「はい。ハンスバーガーさんの件で利益を出し、やはり次を求めた様です。最初は教団には手を出さずにハンスバーガーさんの奥さんに目を付けています。手を尽くして金を引き出そうとしたんですが、思った程のあがりはなかった様です。」
「照屋さんと教団の関係が続いたのは何故か。」「暫くしてから大城さんが親友の小鳥遊由美子さんの病気のことで相談した様です。病名は子宮頸がんです。主な原因は性交渉なので、病院が死亡届の原死因を空欄にしたのも別におかしくありません。由美子さんは抗がん剤の投与で薬剤性心筋症を発症して、補助人工心臓と併せて、普通の生活が送れる心臓移植も考えていた様です。大城さんに頼られた照屋さんは、ハンスバーガーさんの無駄の分を回収しようとして、そこから本腰を入れています。」
「具体的には何をしたのか。」「ハンスバーガーさんの臓器移植の件を引き合いに出して自分の入信を認めさせ、照屋さんを嫌った総代が教団を離れると空いたポストに滑り込んでます。この後、照屋さんが大城さんに指示して違法な臓器移植を進め、教団は大きくなっています。二人の管理は異常に雑で、樹木葬の樹種の違いやリストの齟齬が出たのはこの頃です。土葬が出来る霊園は少ないので健康な頃から相談に来る人が多く、ことが簡単に進んだ様です。」
胸の前で腕を組む月城は、もうその先の卑劣の連鎖を思っている。
「照屋さんはその後に何をしたのか。」「病院の麻酔を流して宗祖と対立し、違法な臓器移植に加担していることを盾に押し切りました。それをきっかけに、宗祖は照屋さんから日常的に暴力を振るわれる様になっています。その後も照屋さんは営利目的で無理な臓器摘出を重ねさせ、遂に耐えかねた宗祖が一線を越えた様です。」
「大城さんはどうしていたのか。」「臓器移植については法が間違いだと信じていて、教団が大きくなっていくことに寧ろ満足していた様です。」
「照屋さんが流していた薬は小鳥遊さんが使ったものではないのか。」「病院でも確認しましたが、時代的にベンゾジアゼピン系でものが違うということです。大城さんは薬の流れを知っていましたが、これも必要とする人の元に届くことを前提に肯定していた様です。」
不快感を隠せない月城は、しかし橋本のために話を先に進める。
「宗祖が大城さんを殺害したとして、どうやって埋葬したのか。」「宗祖は何も言いませんが、皆で隠蔽したとしか考えられません。」
「関係者全員が偽証をしたということか。」「全員といっても、今の教団関係者の誰がどこまで関与したかは分かりません。いずれにしても当時の大城さんの死因の偽装は時効です。」
結論を先に口にされた月城は小さく頷き、すべてを受け入れた。
「筋は通っている。ただ、総代は宗祖の発言自体が怪しいと言うんだな。」「はい。予め信じない様に言われていましたが、宗祖の証言は裁判所には信頼性があるものとして報告していますから、本音で言うと宗祖の病気の線はあまり触れたくないですよね。」
渋い顔の月城は鶴来と賀喜の方を順に見やると、意味ありげに何度か頷いた。鶴来の理解は月城に追いついているかもしれない。

短い咳払いで話に区切りをつけた月城は、彼の愛する剣道フリークスを見据えた。
「次、岡部。病院の記録について報告を。」「はい。」
岡部はいつも通りに浦野のサポートを受けながら、眼球のなかった二柱に眼科の受診歴がないことを教えた。サンタ・アーモ診療所の記録に過ぎないが、まずは今日の捜査の合理性が証明されたということ。月城が大きく頷くと、浦野は臓器提供の適応年齢の患者の記録を次々に示した。勿論、説明するのは岡部である。地味な時間が過ぎていく中、嫌でも目に付いたのは相談室というシンプルな名の診療科の受診歴。現在の病院には存在しない部署である。
「相談室とは何か。」
月城の質問は、丁寧に説明しているつもりの岡部が待っていたもの。
「ホスピス科に一時だけ併設していた様で、今はありません。」「潰れたのは、大城さんが亡くなった頃か。」
「時期的には近い様です。」
臓器移植の窓口が消えた可能性が高い。賀喜は小さく手を挙げ、月城の指名を待たずに推論を添えた。
「宗祖の自白を勘案すると、大城さんも関与した違法行為が一時的なものだった様な印象を受けますが、一方で、由美子さんが死に臨んで教団のホスピス科に入るというイベントが最近起きています。大城さんの死に疑問を持っていた由美子さんが当時の秘密を口にすれば、波が立ったかもしれません。」
ここへ来ての新しい見立てに、中村は口を曲げた。
「可能性は否定しないけど、でも、今更それを理由に末期がんの人間に何をするかだね。宗祖も年だし。」「それなら人間は皆死にます。殺さない人間はどんな環境でも殺しませんが、殺す人間は逆だと思います。」
思わぬ説教をされた中村は苦笑したが、月城は表情を変えることなく、賀喜の目を真っ直ぐに見た。警察が好奇のままに突き進めば、この世を語る言葉は幾らでも醜く汚れていく。先を危ぶむ鶴来の視線も、きっと正義に燃える賀喜には届かない。
「まあいい。分かった。明日、宗祖と総代に直接確認する。鶴来と賀喜は同行する様に。岡部と浦野は照屋さんを探し出して、当時の事実関係の確認。」「はい。」
皆の揃った返事を聞いた月城は橋本を振返った。会議がいつもより短いのは宗祖の告白のせい。すべては明日の聴取次第。手抜きは禁物だが、無駄も禁物である。
「本日は以上となります。署長、一言お願いします。」
無言で待ち続けていた橋本は、中曽根に向かって悠然と微笑んだ。事件性すら疑わしい捜査を見守ってきた彼にとって、時効かどうかは別にして、殺人の事実は確かな安心材料である。
「皆さん、本当にご苦労様です。いよいよです。今回の捜査には、思い返すとリスクの高い要素が幾つかあった様に思います。何度も墓を掘り返したり、病院にガサ入れをしたり。ただ、そのすべてで成果が得られました。ひとえに入念な議論があってのことです。そして、往々にして犯人はその逆です。十分な準備をしていないので些細なことで人が死ぬ程の問題を起こし、何をやっても上手く行かなくなる。至るところに証拠が残ります。私達はその場に身をおくだけでいい。皆さんがどう思われているか分かりませんが、私は答えがかなり見えてきたと思っています。あと一歩です。皆さん疲れているでしょうがもう少しですので、引続き頑張ってください。」
きっとそれは橋本の本音だろうが、何よりも桜田門への応援要請に関するコメントがない。自分達の手柄を少なからず意識しただろう網代警察署の面々は、それぞれの思いを胸に一斉に頭を下げた。
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