第46話 七日目(3)

文字数 956文字

思惟の会が宗教法人を運営するためには事務所が要る。霊園を開くので、近い将来には相応の更地もそう。どちらもアルバイトの学生が庶幾するものではないが、ほぼ勢いだけで生まれた難題は、一群れの学生に混ざる一人にとっては些末な問題だった。
思惟の会の活動がますます大きくなり、心無い中傷を受け始めた頃、両親を相次いで亡くして、まとまった資産を相続した森田。彼の頭の中で、瞬く間に簡単な理屈が出来上がったのである。東京の西の外れ、過疎の村に残る母親の実家。両親の存命中から空き家だった古民家が役に立つかもしれない。加えて、周囲の空き家ばかりか畑まで格安。商売をするには絶対に向かないその地は、霊園をつくるには最適の場所。もはや運命である。
取敢えず電話線を引き、かたちばかりの事務所を構えた森田は、思惟の会の精神を拡大解釈すると、自らが相続したすべての金で土地を買い込んだ。誰かの自己犠牲が他の追随を生むのは必至。翌年には霊園を構えるのに申し分ない広さの土地を手に入れた思惟の会は、実態はさておき、記録上は千人に達していた会員の力を借りて宗教法人ヴィーヴォを登録申請し、民営霊園エテヌーロを開設した。

「今日は話が飛びますね。」
相槌でも打つ様に話を止めたのは賀喜。宗祖がぼやけた視線を向けると、賀喜は優しい笑顔をつくった。
「御両親が亡くなったり土地を手に入れたりした三年間ってかなり長い気がしますけど、そこは飛ばすんですね。」
宗祖は静かに顔の向きを変え、誰もいない壁を眺めた。
「アナタ達ガ聞キタイノハ大城サンノコトジャナインデスカ。」
教団内を噂話が飛び交ったのかもしれないが、とにかく今朝の宗祖は何も言われなくてもその気になっている。
「そうですね。大城さんのことは確かに気になります。ただ、俺達が気にしてるのは彼女のことだけじゃありません。気になることだらけですよ。」
鶴来は本音を教えたが、瞼を閉じた宗祖は口元を緩めた。思い出し笑いに見えなくはない。
「ソレハソウデスネ。イロイロナコトガアリマシタ。何ダッテ、ドコカデ繋ガッテイマス。全テヲ知ルニ越シタコトハナイデス。」
しかし、宗祖の言葉が続いたのはそこまで。鶴来と賀喜の顔を引き寄せただけで、一般論どまり。皺だらけの顔を見つめた二人は、静寂の果てに老人が小さな咳をする瞬間を見た。
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