第15話 三日目(2)

文字数 1,681文字

事務棟の前で網代警察署の一行を出迎えたのは、総代と数人の男女だった。揃ってスーツ姿の彼らはきっと選りすぐられたコアな信者だろうが、心の何処かで期待する癖はない。自然体の彼らを率いる猫背気味の総代は、物々しい警察官の中に鶴来と賀喜を見つけると視線を合わせようとした。幾度か言葉を交わした二人に、今の仕打ちが心外だと伝えたいのである。やはり面識のある渡会と鈴木が気にならないのはおそらく制服マジック。
「今日は何ですか?」「小鳥遊由美子さんのお墓を調べに来ました。」
自分を見ていない総代に月城が答えを返したのは、自由な会話を許す気がないから。この場をリードするのは彼でなくてはならない。
「由美子さん?本当にどうしてですか?」
頭の中が疑問符で埋め尽くされた総代は、見開いた目にやはり鶴来と賀喜の顔を映したが、月城がいる限り二人が喋ることはない。
「ここだけの話、勉さんは自殺の線が濃いですが、奥さんの由美子さんの死にも不審な点があります。」
面食らった総代の顎が軽く上がると、月城は無駄を省いた。
「由美子さんも自殺だったのか、調査をします。」「あの人はここの病院で看取りました。ここで葬式もしましたが、安らかな寝顔で御主人とは全然違いましたよ。」
不意打ちを食らっても総代の反論は早い。勉の死顔が怖かったのは死斑のせいだが、その違いを意識するのは警察だけ。一通り分かっている月城は、しかし敢えて最短のルートを選ぶ。
「皆さんは小鳥遊さん夫婦をよくご存じだから問題のない理由を幾つも挙げるでしょうが、それは皆さんの気持ちありきです。警察は違います。御主人の死因は服毒ですから、どこかで毒を入手したことは確かです。先に亡くなった奥さんが闘病生活に疲れて安楽死を望んでいたのかもしれない。調べると、奥さんの書類上の死因が分からない。じゃあ、死因は何か調べる。それだけです。何なら、我々も気持ちで動きましょうか。」
強い語調に総代の顔の皺から動きが消えると、月城は捜索令状を取出し、総代の顔の前で音を立てて広げた。トドメである。
「これが捜索令状です。」
総代は鶴来と賀喜を悲しそうに眺めた。老人はものを知っているのである。月城が総代の答えを待つ時間が長くなると、鶴来は自らに託された役割を果たした。
「すいません。お願いがあります。墓を掘り返す間、宗祖様とどこか別の部屋で話をさせてもらえませんか?見せたくないんです。」
総代は一瞬遠い目をした。シンキング・タイムである。
「それは、…。それはまあ、必要なことですが、…。」
煮え切らない答えだが拒絶はしていない。月城は皆を振返った。
「配置につく。」
鶴来と賀喜、中村以外の皆は一斉に動き出した。総代の背後で控えていた信者達はその場で心なしか身構えたが、日々訓練を重ねる警察官を止められる筈もない。法への遠慮のせいか、怒りの声も喉元で止まっている。一人だと決してそんなことをする筈もないが、渡会も混ざる制服組は真実を知るためにすべてを押し切り、霊園へと突き進んだ。物々しい背中を見送った中村は、思考が発散して、どこか動きがまとまらない総代に歩み寄った。
「こちらも仕事です。土葬の墓を掘り返したい人間なんていないことは分かってもらえませんか?」
中村がこの場に留まったのは、正面突破のために月城がつくった強引な印象を和らげるためだが、謝っている様で謝っていない。宗祖の嘆きの時まで一刻を争うとしても、見せかけの誠意をチラつかせた中村を放っておけないのが総代。
「そう思うんだったら、まずはちゃんと調べてもらえませんか。絶対に間違えてます。」「すいません。墓を開けることには裁判所の許可が出ています。宗祖様のところに早く行ってあげてください。」
中村の言葉に合わせて笑顔をつくった鶴来は、厄介者を見る様な総代の目に気付いた。彼の中で、鶴来と賀喜に対する親近感がどれだけ残っているかは怪しい。
「本当にすいません。宗祖様が傷つかない様に、出来る限りのことをさせてください。」
鶴来達の表情を訝し気に眺めた総代は、込上げた言葉を呑み込むと踵を返し、棟内へと歩き出した。
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