第31話 四日目(10)

文字数 1,146文字

「以上が、今日、宗祖から聞いた内容になります。」
夜の捜査会議。何十年も昔、洋子が自殺できる量の毒薬の入ったプラスチック容器を持っていたという鶴来の報告は、皆の目の色を変えた。これ以上ない濃い情報である。不安材料は宗祖の持病。すべてが出鱈目の可能性も否めないが、月城は粘り強い。
「宗祖の発言の信憑性を判断するために、もう少し情報が要る。明日も引続き宗祖に話を聞く様に。」「はい。」「はい。」
鶴来と賀喜が短い返事を返すと、月城は清水に声を掛けた。待ち侘びた勉の遺品の鑑定結果の報告だが、雑談で知る限り、成果はない。橋本一人のためのボレロの始まりである。

あらゆる視点で議論を重ねても、言葉の途切れる時間がいつかは訪れる。今日も誠意を尽くした月城は、やはり今日も寡黙に徹した橋本を振返り、軽く頭を下げた。
「本日は以上となりますが、最後に署長から一言頂けますでしょうか。」
橋本は中曽根と顔を見合わせて首を横に振ると、捜査本部の皆の顔を眺めた。いつも穏やかな橋本だが、今日の彼の眼光は厳しいかもしれない。
「皆さん、毎日、ご苦労様です。今日、私の印象に残ったのは、大城洋子さんが総代に話したとされていることです。端的には、彼女達の生活を気の毒がる者が何様かということですが、私はこの手の話を聞くと常々思います。とにかく人による。正解はありません。但し、だからこそです。彼女の様な人は、勝手な想像をせず、まずはごく普通の社会に身を投じるべきです。実際、気の毒な立場におかれるでしょう。人生が厳し過ぎると思うかもしれませんが、それが社会の中の自分です。皆が与えられた場で咲くために、全力で頑張っています。学歴がなくても前科があっても首相になれる。万が一、働けないほど体や心が壊れても生活保護がある。それが私達の国です。何よりも、子供を理由にするのは間違っています。子供は親と一緒に居れば幸せという訳でもありません。口に出せない様な仕事をして、子供にどう接するのか。その子供は歪んだ常識を身につけて社会に出ていきます。本当に愛情のある人間ならどうするべきか推して知るべしです。彼女達は安易に目先の金を求め、自分の子供から明るい未来を奪い、同情や好奇心に駆られた一般市民を巻き添えにして犯罪の輪を広げながら、すべてを知った様に社会の愚を説きます。生活を共にすれば、人は情が移るものです。社会の安定を保つには、情の濁流に深く竿を差し、皆の居るべき場所を保たなくてはならない。それが法であり、私達の仕事です。彼らの自堕落で自己中心的な発想を断固として許さず、大きな愛でかたちづくられた法の精神を普及させるために、全力を尽くしましょう。」
きっと、いつかの誰かを想う橋本の熱弁が終わると、捜査本部の面々は一斉に頭を下げた。
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