第33話 五日目(2)

文字数 1,010文字

事務棟で二人を出迎えたのは今日もスーツ姿の総代だった。宗祖の言葉が正しければ、確かな武闘派の彼。視線は今日も厳しい。
「本当に何回も見えますね。」「前に言った通りですよ。教団について伺ってるんですが、時間がかかってます。」
鶴来の被せ気味の返事に、総代は無駄と知りつつ渋い顔を見せた。
「信じない様に言った筈です。時間をかけても絶対に全部無駄になりますよ。」「それはこちらで判断します。捜査に必要だから来てるだけなんで、変に誤解しないでください。」
賀喜は男二人の微妙な空気を優しい声でかき消した。
「宗祖様は体調が悪いんですか?」
総代は賀喜を超能力者だとは思っていない。
「ああ、誰かから聞きましたか。でも、もう大丈夫ですよ。」「よくあることなんですか?」
おそらく賀喜の質問は無知の極み。宗祖の人生のステージは遥かに上位、あるいは下位である。
「時々、とても苦しそうな顔をします。寝たきりになって随分ですから慣れましたが、最近は本人が訴えたらすぐに対応する様にしています。」「それは死ぬ可能性があるということですか?」
「ですから年なんです。」
鶴来は知らない個人情報のゴリ押しに笑顔で逆らってみた。
「若くは見えませんけど、一体何歳なんですか?」「年自体は私と変わりません。ただ、六十前でも随分な老人に見える人もいますよね。余命で言ったら、宗祖は八十代の老人と変わらないと思いますよ。」
賀喜は納得しそうな鶴来を横目に違和感を唱えた。
「その対応ですけど、死に際に会わせるために同居してる小学生の子供に学校を休ませるって、あまり聞かないですよね。」「それは宗祖の数少ない願いのひとつだからです。息子に看取ってほしい。冬と雨の日ならベッド、他なら庭で花を見ながらがいい。分かるでしょう。まあ、庭に出るのは難しいと思いますが。」
総代の答えは本人に重ねて確認したものの様である。賀喜が唇を軽く閉じるのを眺めた鶴来は、話を本筋に戻した。
「じゃあ、今日は話を聞くのは無理ですか?寛人君を休ませるぐらい体調が悪かったんですよね。」
総代は鶴来の目を見て寂しそうに微笑んだが、彼が笑ったのはあるいは自分達の毎日の不幸かもしれない。
「今日はもう大丈夫です。ずっとそんなもんです。興奮させないでほしいと思いますが、分かりますよね。冷たい訳じゃなくて、死はもうずっと隣り合わせで、変に気を遣うと逆に脅しになるんです。」
鶴来と賀喜は老人特有の世界観に何度か頷いた。
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