第60話 九日目(2)

文字数 714文字

ローズマリーの香る宗祖のベッドの周りを囲んだのは警察官四人と総代。いつもなら戸が開くと何かしらの反応を見せる宗祖はこの日は寝たままで、かすれた声も漏らさなかった。鶴来達にとって初めての光景だが、事務棟のロビーで月城が発した第一声に途方に暮れた総代にはきっと日常茶飯事。落ち着いて見える総代は宗祖の肩に手を滑らかに添え、耳元に口を寄せた。
「宗祖。皆、話が聞きたいそうです。私も流石にウンザリです。いつから私とあなたが入れ替わったんですか?」
ゆっくりと瞼を開けた宗祖は微かに頬の皮を緩ませ、再び目を閉じた。宗祖が総代の言葉を否定しないのは自分の嘘を正されたから。初めて宗祖と向き合った月城と中村には、分かり易くそう見えた。
マカラは総代ではなく宗祖、森田は宗祖ではなく総代。マカラの左手の指は皆の頭の中では大海を彷徨う小舟の上で消えていたが、言われてみれば宗祖はマカラの指に纏わるエピソードを一言も語っていない。
宗祖の話を聞きながら漠然とつくりあげた皺のない若い二人の顔、体に髪に声、身に着けるものすべて。頭の中に描かれたイメージのひとつひとつが順を追って描き替えられていく。
但し、問題の本質はそこではない。出自が入れ替わっていたとしても他の事実関係はどうなのか。教団を離れたのは総代ではなく宗祖なのか、洋子を殺したのは総代なのか、臓器移植は事実なのか、勉は自殺なのか、安楽死は常態化していたのか。
月城達の視線がばらばらと集まると総代は目を細め、ゆっくりと自分に期待されていることを理解した。あの日を正確に語ることが出来るのは彼だけ。身動きできない宗祖の心が幾ら乱れようと、教団の嫌疑を払うために、総代はすべてを曝さなければならない。
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