第50話 七日目(7)

文字数 2,460文字

夜の捜査会議。今日一日フル稼働だった清水が独壇場で喋り続けた四柱の検視結果は、改めて月城の強運を物語ることになった。回収した四柱のうち二柱に肉が残っていたのである。三十年もののこびり付く臭気がもたらした悲劇は武勇伝の序章。エンバーミングと地質の力が、小さな奇跡を起こしたのである。
「エンバーミングで眼球を除去する必要性について見解を。」
月城が雑談で確認済みの質問を橋本のために改めて口にすると、清水は小さく頷いた。
「はい。最近のエンバーミングは血液の防腐剤との置換と消化器系統の内容物の除去からなります。小鳥遊由美子さんの処置は特殊でグリセリンと酢酸カリウムに浸漬されていましたが、眼球は乾燥せずに残っていました。今回は棺も無事で虫が入った痕跡もなく、瞼も無事でした。また、両名の目の疾患については、現時点で情報がありません。エンバーミングを始めたばかりで方法が定まっていなかったのかもしれませんが、偉人の様に展示する場合は別として、眼球の除去は過剰な処置だと考えます。」「よし。不要に眼球を摘出したとして、理由について誰か意見はあるか。」
月城が皆の顔を見渡すと、賀喜が真っ直ぐ手を挙げた。彼女の頭にあるのはやはり雑談で確認済みの答えである。
「賀喜。」「はい。宗祖や総代と会話する限り、教団は合理主義者の集まりですが、一方で黎明期は法の縛りに敢えて挑んでいた様です。仮に安楽死に手を染めたなら、他にも医療関係の問題に手を付けていたのではないでしょうか。」
「具体的には何をした可能性があるのか。」「臓器移植です。国内で臓器移植法が施行されたのは一九九七年です。エンバーミング処理のために開腹してそのまま閉じることに疑問を持ったとしてもおかしくありません。土葬の強いニーズを持つイスラム教徒が復活のために内臓をとらなかったのは昔の話で、その頃には合法化しています。キリスト教徒もいますし、違法としてもお金を積めば或る程度は何とかなったのではないでしょうか。」
月城は大きく頷いたが、これも予め合意していること。すべては橋本のためである。
「鶴来はどう思うか。」「はい。賀喜と同じです。宗教的儀式を行う様な集団ではないので、敢えて除去したならそれしかないと考えます。」
「可能性が高いのはサンタ・アーモ診療所か。」
中村は大きく踏み込んだ月城の気持ちを汲み取った。
「そうですね。そろそろ手を付けてもいいと思います。第一に、小鳥遊勉さんの安楽死用薬剤による死、第二に、小鳥遊さんと面識があり、同じ薬剤を持っていたと思われるサンタ・アーモ診療所勤務の大城さんの不審死、第三に、霊園に埋葬された二柱の臓器の欠損は根拠になります。小鳥遊由美子さんの死亡診断書への原死因の未記入も挙げられるかもしれません。古い話が多いですが、教団の継続的な違法行為を示唆する情報とすれば、裁判所も認める筈です。」
月城は自分の気持ちを代弁する中村に感謝する様に頷いた。
「確かに。それではその線で。」
視線の合った橋本も頷くと、月城は皆の顔を見渡した。いつも通り、異論は一切なし。予定調和は終了である。月城は思い出した様に鶴来を見据えた。デザートの時間かもしれない。
「鶴来、今日の宗祖は何か話したか。」
請われた鶴来は、ヴィーヴォが設立されるまでの経緯を概説した。当たり障りのない説明に皆が何気なく頷くだけ。しかし、宗祖の呟く物語はすべてがオブラートに包まれている訳ではない。
「あと、今日の話はほとんど大城さんの話でした。沖縄の頃の話ではないです。教団のことを週刊誌で知って、総代との縁を頼りに教団に転がり込んだ様です。再会するまでにかなり酷い目に遭っていて、牧港派に捕まって、おそらく全身に墨を入れられてますね。」
心が痛くなった中村は、眉を潜めると鶴来の言葉の矛盾を教えた。
「理由は?売り物にならないでしょ。」
賀喜は女絡みの推論を鶴来に譲っておかない。
「商売敵になる可能性があったのではないでしょうか。あと、大城さん達の売春グループを仕切っていた照屋さんという男性は大城さんと関係がありました。恋愛感情のもつれもあったと思います。」
腕を組んでいた橋本は顎を上げたが、やはり沈黙を守った。憶測は不要ということ。同感の鶴来は、洋子に関するこれまでの情報へと話を回帰させた。事実であれば、すべては繋がるのである。
「大城さんと総代は再会したその日のうちに関係を持っています。深い仲の二人がその後の教団運営を左右したと考えられます。」
会議室にキャベンディッシュ弘への同情が遅れて広がると、月城は湿った空気を払うために声を張った。
「三十年前に亡くなった大城さんが犯罪に関与していた場合、現在まで犯行が続けられる可能性を示す貴重な情報と考える。鶴来と賀喜は引続き宗祖への聴き取りを行う様に。」「はい。」「はい。」
賀喜は僅かに首を傾げたが、鶴来が短い返事をするとかたちだけ続いた。何はともあれ全員一致。皆の合意を確認すると、月城は橋本を振返った。
「本日は以上となります。署長、一言頂けますでしょうか。」
いつも通りに締めの言葉を求められた橋本は中曽根と顔を見合わせて小さく頷き、次いで皆の顔を順に眺めた。
「皆さん、ご苦労様です。偶然はひとつなら受け流せますが、みっつ重なれば対処できない人が殆どです。どんな人も受け入れるヴィーヴォはこの偶然に溢れていたと思います。大城さんの訪問はそのひとつに過ぎませんが、彼女をきっかけにして教団に何かが起きた可能性は否定できません。臓器移植については、当時は法がありません。そこに集った人の流れを把握することがマルガイの死因である安楽死用薬剤の流れを明らかにするための近道と考えても、大きく間違ってはいないでしょう。明日いよいよ病院に手を付けますが、時宜を得た捜索だと思います。但し、医者は社会の宝であり、国に護られています。不用意な行動は避け、与えられた職務を確実に実践してください。」
橋本の送る視線に混ざる期待を感じると、皆は一斉に頭を下げた。
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