第5話 一日目(5)

文字数 1,376文字

想定外のイベントに会話の流れを見失った鶴来だが、聴き取りである以上、そう簡単には終われない。寧ろ何気ない雑談にこそ、矛盾をあぶり出す種は転がっている。
「あの樹木葬って、どうなんですか?何か凄いですよね。」「気になりますか。でも、他にもいろいろやっていますよ。」
「土葬がいいなら、何でもありでしょうけど。」「何でもと言うか、うちの樹木葬は御遺体を燃やさなくていいんで、そのふたつはまあほとんど一緒ですよ。宗教上の理由で火葬がしたくない人は、土葬の出来る霊園を探します。ご遺体を海外に送ったり、国内でも新幹線で通う様な場所に埋葬したり。だから、この霊園が必要とされるんです。この業界に足を踏み入れると、死後の世界がひとつじゃないことがよく分かりますよ。」
「宗教、来ましたね。」「別に何も来ません。実務的な話です。」
総代は、薄っすらと笑う鶴来のために説明を重ねた。
「もう少し言うと、うちの樹木葬は、結局、土葬の永代供養から人の影を薄めた感じなんです。考えれば、自然な選択ですよ。」
透けたガラスの向こうには庭園にしか見えない墓地が広がっている。景観の良さ以外に鶴来が同意できる要素はない。
「すいません。よく分かりません。」「樹木葬のエリアには、墓の傍に小さいプレートがあります。見てもらえば分かりますが、うちのは名前を彫ってないです。区別できればいいんです。誰かの隣りで未来永劫眠ると思うのは嫌な人は嫌で、つまり、そういうことです。」
鶴来は冷たい聞こえに戸惑ったが、賀喜は好奇心で輝きを増す一方の顔を総代に近付けた。犯罪の臭いがしたのである。
「誰が死んだか、全然分からないですね。」「それがいいんです。」
「土葬で。」
その疑問は総代自身も過去に通った道である。
「ああ。でも、それはあれですよ。溶鉱炉を持ってる工場みたいなもんです。人を完全に消せますが、疑ったら切りがありません。」
鶴来が感じ取った賀喜の昂りは、過去の経験に照らすと危険なレベルである。父子二代に渡って警察官の彼女は、仕事を自己実現の場と公言するタイプ。鶴来と比べるとほぼ依存症である。空振りが周囲にかける迷惑を思えば、無駄な詮索は早めに止めなければならない。心配し過ぎかもしれない鶴来はそれでも慎重を期すると、机に肘を突き、賀喜よりも前に身を乗り出した。
「埋葬されている方のリストみたいなものはありますよね。」「ええ、それは。」
「見せてもらえませんか?」「一応聞きますが、何のためにですか?」
「小鳥遊さんが亡くなったのが奥さんのお墓の近くかどうか、念のための確認です。もう済みました?」
鶴来が一瞥した遠くの渡会は首を横に振った。その先の鈴木の首もシンクロしている。
「少しだけ貸してください。すぐお返しします。」
別に断る理由のない筈の総代は、微笑む鶴来をただ眺めた。

総代が墓のリストを取りに施設に戻ると、鶴来と賀喜は寛人と渡会の間の空席に舞い戻った。幼い寛人が何を話すとも思えないが、暇潰しには格好の材料である。
二人を迎えた寛人の頬が不自然に膨らんでいるのは、賀喜の与えた飴の仕業。甘い香りが何よりの証拠である。笑顔の大人に気付いた寛人は、二人の視線が自分から離れるのを、目を伏せて待ったが、そう簡単にはいかない。結果、寛人は飴がなくなるまで何度も顔を上げ下げし、鶴来と賀喜の心を存分にくすぐった。
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