第50話 どちら様ですか その2

文字数 2,593文字

 職人風の猫又(ねこまた)は唇を噛みながら苦渋にみちた顔をした。
そしてポツリと言葉を漏らす。

 「それほどの相手なのか・・。すまぬな、俺は撤退する」

 そう言うと翼から目を離さずに後退(あとずさ)った。
そんな猫又に、後ろから突然に声がかかった。

 「逃がしはせんぞ」

 その言葉に、職人風の猫又はビクリを肩を跳ね上げた。
そしてゆっくりと自分の後ろを振りかえる。
そこには平助(へいすけ)がいた。

 「ちっ! 筆頭与力(ひっとうよりき)か!」
 「ほう・・、(わし)の事を知っているのか?」
 「・・・・」
 「儂がここに来て、この騒ぎ・・・。
儂を()けてここに来た、そういった所かな?」

 職人風の猫又は無言となり、平助の方に向き直る。
そして懐から匕首(あいくち)を出し、そして抜いた。

 その様子を見ていた翼が声をかける。

 「なぁ、筆頭与力とかいう猫又のおじさん。
そいつは任せて大丈夫か?」

 「おじさんだとぉ!?
おい人間、儂はおじさんじゃない!」

 「え? 歳はいくつ?」
 「人間の年齢に例えるとまだ100歳じゃ」
 「(じじい)じゃん」

 「この無礼ものが!
爺とは何じゃ、爺とは!
どうみても儂はピチピチじゃぞ!
けっして爺などではないわ!」

 「はぁ~、分かった分かった。
年寄りほど自分のことを認めないからなぁ。
じゃぁ、お兄さんという事で、そっちは任せるけどさ。
手に負えなければ助けてあげるけど?」

 「お前の助力などいらんわ!」
 「そうですか、まぁ、年寄りの()や水にならないように」
 「なにをぉ!」

 その時である・・
(すき)をうかがっていた浪人風の猫又が、刀から小柄(こづか)を抜くと同時に翼に投げつけた。
それと同時に翼との間合いを詰めるやいなや袈裟懸け(けさがけ)の体制を取る。
翼は自分の心臓めがけて飛んできた小柄を左手の人差し指と中指の間に挟むと同時に、手首を返した。
小柄は切っ先を変え、自分に突っ込んでくる猫又へと飛んでいく。
猫又は慌てて突進をやめると同時に、袈裟懸けをやめ正中線(せいちゅうせん)に刀を振り下ろし小柄を弾いた。
翼はバックステップをして、間合いを取る。

 二人は再び対峙し直した。

 一方、平助と職人風の猫又はしばし(にら)み合っていた。
平助は()いた刀には手をかけず、自然体である。
やがて職人風の猫又は匕首(あいくち)を腰にためると、その体制で平助に突進した。
平助はそれに動じず姿勢を崩さない。
その様子を翼は一瞬横目で見たが、直ぐに自分に敵対する相手に視線を戻し(つぶや)いた。

 「あの爺さん、何者だ?
たしかに俺の手助けなんて必要なさそうだけど・・。」

 翼と対峙(たいじ)している猫又は、その(つぶや)きを聞き不可思議な顔をした。

 「人間、お前はあの筆頭与力の知り合いではないのか!」

 「ひっとうよりき?
そういえばあの職人風の猫又もあの爺さんを見てそう言っていたよね?
筆頭与力っていう名前の猫又に知り合いはいないけど?」

 「お前・・、筆頭与力を知らぬのか?」
 「え、何? 知らないといけない事なの、それ?」
 「そんな事も知らずに、ここに居るのか!
いったいお前は何をするために此処(ここ)にいるんだ!」

 「あのさぁ、さっきから質問責めなんだけど、お話がしたいならお茶にしない?」
 「巫山戯(ふざけ)た奴だ・・、まぁ、その余裕も(うなず)けるがな・・。」

 そういうと猫又は地面をならすかのように足を(にじ)る。
そして足裏を畳みから離さず、足を引きずるかのようにジリジリと少しずつ前に出る。
それを翼はボンヤリと眺めていた。

 一方、平助に突撃した町人風の猫又は、あわや匕首(あいくち)が平助の腹に刺さるという直前で突然に地面に倒れ()した。
平助が匕首が届く寸前に素早く半身になり、匕首を(かわ)すと同時に手刀を相手の首筋に叩き込んだのだ。
倒れた猫又はピクリともしない。
完全に気を失っているようだ。

 平助は軽く息を吸い込んで吐いた。
そして翼の方を向くと声をかける。

 「おぃ人間、いつまで遊んでいるんだ?
こっちは片づいたぞ?」

 「猫又のおっさん、いや、お兄さん、軽く言うよね?
相手を消し去っていいなら簡単なんだけどさ。
それじゃいけないんだろ?」

 「当たり前だろう?
それとも何だ、生きたまま捕らえるのが難しいとでも言うのか?
まぁ難しいようなら致し方ないがのう。
お前さんなら、捕縛(ほばく)なぞ簡単にできそうな気がするがなぁ」

 「え? 意外と俺の腕を買っているの?」

 「まぁそれなりにな。
儂も伊達(だて)修羅場(しゅらば)を何度も経験しておらんよ。
だから腕がたつかどうかぐらい分かるさ」

 その言葉に翼は対峙している相手に声をかける。

 「なぁ、ああ言っているんだけど、どう思う?」
 「否定はせん」
 「ならさぁ、平和的に刀を納めない?」
 「できんな」

 「あ、そう・・・、困ったな・・」
 「困ることはあるまい。捕まえられないと思うなら儂を手に掛ければいいだけだ」
 「う~ん・・、人間界ならそうしたんだけどねぇ」
 「人間界ならだと?」
 「まぁね、だってここは物の怪の世界だからさ、そうもいかんでしょ?」

 翼がそう言い終わる前に裂帛(れっぱく)のかけ声とともに、瞬時に間合いを詰め上段から切り込んできた。
恐ろしい一撃である。
だがそれを翼は避けも逃げもせず、その場を動かなかった。
そして刀身が触れるか触れないかの直前に両手を前に押し出す。

 ズン!

 鈍い音とともに浪人風の猫又が後ろに吹っ飛ぶ。
刀は衝撃で手から離れて猫又が吹っ飛ぶ方向に空中で円を描く。
そして畳みに無音で突き刺さった。

 平助の側にいたケルは、その様子に目を見開いた。
平助はというと、目を細め一言呟く(つぶやく)

 「お見事・・・」

 翼は気を放ったのだ。
空中を舞う浪人風の猫又は背中で(ふすま)にぶち当たり襖は吹っ飛んだ。
それでも猫又の勢いはとまらず、さらに数メートル先で畳みに背中から叩きつけられた。
そしてバウンドし、空中で仰向け(あおむけ)の体制から俯せ(うつぶせ)となり再び畳にたたきつけられる。
そこで勢いが止まった。
猫又が一度ゆっくりと畳みを震える右手で引っ掻き、そしてそのまま動かなくなった。

 それを見たケルが、震える声で翼に向けて叫んだ。

 「翼! てめぇ、人の家(ひとんち)(なん)てことしやがる!」
 「え?」
 「やっちまうとは何事だ!」
 「え? やっちまう? えっ?」

 「ネコ野郎を人の家(ひとんち)で殺してんじゃねぇよ!」

 「ちょ、ちょっと待て、ケル!
最初に言う事はそれかよ!
俺の事は心配してくんないのかよ!
あわや刀の(さび)になったかもしんないってのにさ!」

 「あんだとう! てめえなんぞ刀の錆で上等よ!
そうなったら、こちとら清々するわ!」

 これを切っ掛けに、ケルと翼の口喧嘩(くちげんか)が始まった。
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