第32話 ユリの捜索開始

文字数 2,303文字

 翼がケルの所に泊まった翌日の早朝、ケルに翼がたたき起こされた。

 「てめぇ、寝てんじゃねえ!」

 そうケルは言うやいなや、翼の布団をはぎ取り翼を蹴飛ばした。
 ふぎゃん! という、訳の分からない悲鳴のようなものを上げて、翼は布団から転がり出た。

 「な、何をすんですか!」

 翼は一発で目が覚め、ケルに抗議をするが、何故かケルの方が目が据わっていた。

 「何すんもくそもあるか!
いいかよく聞きやがれ!
何で俺が早朝に起こされなきゃなんねぇんだ!」

 「あ、あのさぁ!」
 「あん! 文句があんのか!」
 「あるに決まっているだろうが!」
 「なんだとぉ!」

 「よく聞けよケル! そもそも俺は今朝、まさに今、お前に起こされたばかりだ!
つまり、俺はお前なんか今朝起こしちゃいない!」

 「そんなのは聞かなくてもわかってるってやんでぇ、この唐変木(とうへんぼく)が!」
 「へ?」

 翼はケルの言い分にポカンとした。
だが、それも束の間(つかのま)、翼の怒りが爆発した。

 俺が起こしてもいないのに、自分がケルを起こしたかのように怒鳴られるんだ!
さらに言うならケルもそれが分かっていて、俺を怒鳴りお越しに来たってことだ!
それも早朝にだ!
これが怒らずにいられるものか!

 そう思って翼が口を開こうとした時である。

 「あの~、お坊ちゃま、宜しいでしょうか?」

 なんともノホホンとした声がケルにかかった。

 「このままユン様をまたせてよろしいのでしょうか?」

 そう言ってきたのは、翼の部屋の前で座ってこちらを見ている中年の女性の河童である。
昨日寝る前にケルから紹介されたばかりの女性だ。
なんでもこの庄屋に古くからお手伝いさんとして勤めているヒトらしい。
いや、女中頭(じょちゅうがしら)とか言っていた。
この庄屋の雑用から接客など全てを統括する、女中の中で最も上に君臨(くんりん)するヒトだとか。
大奥でいうお局様(おつぼねさま)だろうか・・。

 それにしても・・・

 おぼっちゃま? だって・・・・・。
ケルがお坊ちゃま?
中年のオッサンのようなケルが、お・ボ・ッ・チ・ャ・ま・・・・。
ふ~ん、そうか、お坊ちゃまなんだ。
そうなんだ、ベランメエ調のお坊ちゃま、・・ほう~ほう~ほうのほうである。

 そう考えていたら可笑しくなった。

 「ぷっ!」

 思わず翼は吹きだした。
その声にケルは翼を(にら)んだ。

 「な~にが可笑(おか)しい!」
 「いや、なんでもないよ、お坊ちゃま。」
 「お、お坊ちゃまだとぉ!、こ、こんにゃりょ!!」

 翼の言葉に顔を真っ赤にして怒るケルであったが、あまりに怒り心頭のせいか呂律(ろれつ)がまわらなくなり、最後は舌を()んだようだ。

 そんなケルの様子など意にかえさず、女中頭からケルにまた声がかかる。

 「よろしいんでございますか、ユン様を待たせて。」
 「良いにきまっているだろうが!」

 「へ~、私を待たせるなんていい度胸をしているわね、ケル。」

 その声の主はユンであった。
どうやら待ちくたびれたのか、翼の部屋にまで押しかけてきたようだ。

 「げっ! ゆ、ユン!」
 「なにが ゲッ! よ!」
 「あ! いや・・、その、な、なんだ・・。」
 
 「私を待たせて優雅に翼と喧嘩しているわけね、ケルは。
私より翼とじゃれ合うのが私より優先なんだ、ふ~ん、そうなんだ。
で、私なんかなんか待たせて当然なのね、そうか、ふ~ん・・・。」

 「い、いや・・、そ、そんな事は言ってないぞ、な、翼。」

 突然ケルに話しを振られても困る。
翼はそう思った。

 そもそも、ユンを待たせて当然と言い切ったのはケルである。
翼がそう言わせたわけではない。
それに翼はケルを擁護などする気などまったくない。
朝、寝ているところを突然に怒声とともに蹴られて起こされたのだ。
睡眠の邪魔をされて温厚でいられる者がいるなら教えて欲しいと、翼は思った。
居候(いそうろう)でケルに厄介にはなってはいるが、さほどケルに恩義を感じていない翼であった。

 そして翼はユンにタジタジとなっているケルを見て(あき)れた。
自分への対応と、ユンへの対応、あまりにも違いすぎなのではないだろうか、と。

 当たり前である。

 恋人であるユンと、赤の他人で友人でもない翼である。
さらに言うなら翼は居候なのだ。
それもケルが快く居候として受け入れた訳ではないのである。
ケルからしたら、翼に思うところがあるのは当然と言える。

 それに翼にはいち早く自分の家から出ていってもらい、ユンとの平和な日常を取り戻したいケルなのである。

 しかし翼はというと、自分の居候という立場という感覚は棚の上の冷蔵庫で凍らせてある。
つまり、居候で肩身が狭いという感覚はないのである。

 そんな翼の目に映るのは、ユンが仁王立ちでケルを睥睨(へいげ)している姿である。
ケルはというと、いつの間にかユンに土下座をして謝っていた。
そんなケルに、今朝の騒動を思い起こして翼は聞いた。

 「なぁ、ケル・・。
もしかして早朝訪ねてきたユンに突然に起こされて頭にきたのか?
それで俺に八つ当たりをして()さ晴らしをしたかったのか?」

 「ああぁん! なんだと、このスカポンタン!
八つ当たりじゃねぇ!
テメェが番い(つがい)を探すなんていうもめ事を持ってきやがったのがいけねぇんだ!
そのせいでテメエの番いを探すために、こんなに朝早くからオメェを迎えに来やがったんだ!」

 「ちょいとアンタ、来やがったとはなによ!
私が来ちゃいけないとでも言いたいわけ!!」

 「あ! あ、い、いや、そういうわけじゃぁ・・。
悪かった、言い直す、言い直せがいいんだろう?
ユ、ユン様がこちらに来なさったようでござりますでござる、です。」

 「ふん! 何よその変な言いまわしは!」
 「へ? お、可笑(おか)しかったか え? そう?」

 すがりつくかのようなケルの様子に、翼はため息をついた。
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