第21話 漂うユリ

文字数 2,126文字

 ユリは暗黒の異次元空間を漂っていた。
漂いながら、今までのことを振り返る。

 ユンを偶然に街中で見つけて声をかけようとしただけで一体何でこうなったのかしら?と。

 ユンに声をかけて、ユンが振り返ったと思ったら烏妖(うよう)が現れた。
江戸時代以降に烏妖が人前に現れたことなど、神社庁の情報にない。
そんな烏妖が、しかも街中に現れたのだ。

 そして烏妖の様子から、自分を探していたことは察しがつく。

 だが何故に烏妖が自分を探していたのかわからない。
あの危険極まりない烏妖に追われるような事は身に覚えがない。

 いくら自分が物の怪退治をしていたからといって、烏妖がそれに対し自分に敵対するとは思えない。
物の怪は自分中心であり、自分に関わりが無ければ無関心だからだ。

 それと、何故にユンがあの時間に街中にいたのだろう?
ユンが街中に現れることは希にある。
それは彼氏を探している時だ。
ユンの彼氏は酒が好きで、繁華街に来ては人に交じり人の酒を失敬しているのだ。
そんな彼氏がなかなか帰らない時などに迎えにくるからだ。

 だが、今回のユンの様子はそんな感じではなかった。
そしてユンのこの奇異な行動と、烏妖が現れたのがなんとなくひっかかる。

 それにしても危なかったと思う。
烏妖の出現に死を覚悟したのだが、ユンによって回避はできた。

 烏妖が突然に現れた時、ユンに手を掴まれてこの空間に連れ込まれたからだ。
たぶんユンは自分を助けてくれたのだと思う。
だが烏妖もこの空間に入り込み、ユンから離された。
その反動で自分は空中に放り出されて、地面も何もない空間を回転しながら彷徨っている。

 回転・・?
いや・・違う。
確かにユンから遠ざかる時は、自分は空中で回転しながら遠ざかっていた。
その時は重力を感じていた。
そう・・、この空間でも・・。
だからグルグルと回転してユンから遠ざかるとき、ユンから離された衝撃と回転によるめまぐるしさに気を失ったのだ。

 そして気がつくと自分はこの光も何もない空間に一人取り残されていた。
光もないのに自分の体ははっきりと見え、地面など無い不思議な空間に。

 そして今は重力を感じない。
だから、どこが天で、どこが地なのかわからない。

 ではこの空間に入ったときに、何故、重力を感じていたんだろう?
そう思った。
おそらく、この空間は入ってしばらくは重力を感じるが、やがてそれを感じなくなるのだろう。
もしかしたら重力自体が無くなるのかもしれない。
だから気を失う前の回転による気持ち悪さがなくなったのだろう。
三半規管が働いていないのだから。
そう思うと理屈に合う。

 そうならば、今、自分が回転しているのか静止しているのか分かりようがない。
何か物があれば、それを基準にしてどちらかが回転しているのか、そしてその位置関係から遠ざかっているのかがわかる。
だが、その基準になるものがない真っ暗な空間だからどうしようもない。

 ユンは何も教えてくれなかったが、この空間は一体何なのだろう?
そういえば人間界でユンは突然何も無いところから急に現れていた。
この空間から、人間のいる空間に現れていたのではないだろうか?
だとするとユンの住処(すみか)が、この空間のどこかに有ると考えると納得がいく。

 ユンは自分の居る場所、村に逃げ込んで烏妖から自分を助けるつもりでこの空間に逃げ込んだのではないだろうか・・。
そう思うと少し複雑な気分になった。

 ユンは烏妖から救ってくれたのだ。
だから、今、自分は生きている。
それを考えると感謝しかない。
だが・・・。
この真っ暗な空間を彷徨(さまよ)うこの恐怖を考えると、ユンに愚痴の一言でも言いたくなる。

 ユリはポツリと呟いた。

 「ユン・・、私を見つけに来てくれるわよね?」

 ユリはユンを友達だと思っている。
そう思ったとき、ユンはどう思っているのだろうと思った。
少なくとも仲良くしてくれている事は確かだ。

 だから烏妖から救ってくれたのだと思う。
しかし、ユンが単に気まぐれで救ってくれただけかもしれないのだ。
だとするとこれ以上、自分に助力してくれない可能性がある。
物の怪は自分の利益になる事と、面白そうな事にしか興味がないからだ。
つまり、ユンが自分を見つけに来てくれるかどうかは賭けのようなものである。

 ユリはこの空間にユンの村の入り口があるならば、他の物の怪の村の入り口があるのではないかと探す事にした。
人間に友好的ではない物の怪もいるが、その時はその時だと割り切ったのだ。

 村が無いか、道のような物がないか、あるいは岩山や洞窟がないかと目をこらす。
しかしいくら探しても真っ暗な空間には何もなかった。

 そんな時、ふと腕時計を見て唖然とした。
秒針が動いていないのだ。

 慌てて時計を叩いてみたり、振ったりしたが動かない。

 「これでは時間が分からないじゃないの・・。」

 動いているものが自分の身の回りにないと思うと、何とも言えない不安が増す。
そんな時、ユリはふと思った。

 「翼、夕飯はちゃんと食べたかしら・・。
私が帰るのを待っていたりして・・。」

 そう考えたユリは苦笑いをした。

 「いったい私はこんな時に何を考えているんだろう。
翼・・、会いたいな・・・会いたいよ・・・。」

 そう(つぶや)くと、ユリは手で顔を覆って泣き始めた。
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