第61話 奉行所 その7

文字数 2,346文字

 翼がユリと会うために奉行所に向かい、奉行所の玄関に辿り着いた時のことである。

 玄関で(ひか)えていた猫又が平助に頭を下げた。
平助は「うむ」と軽く(うなず)くと、そのモノに聞く。

 「お奉行は居るか?」
 「はい、執務室においでです」
 「一人でか?」
 「はい」
 「そうか・・・」

 平助はそういうと玄関を上がり、そのまま廊下を歩いて行く。
翼はその様子を見て、玄関で控えていたモノに目をやり戸惑っていた。
奉行所の中に入るのに、何か手続きが必要なのではと思ったからだ。

 平助はそれに気がつかずに廊下を進んでいたが、後ろからついて来る気配(けはい)がないことに気がつき後ろを振り向いた。

 「何をしておる、ついて参れ」

 そう声をかけるとまた歩き始めた。
ケルと平助は互いに目を会わせ、軽く(うなず)いてから慌てて玄関を上がり平助の後を追った。

 しばらく右に左にと曲がり、ある部屋の前に来ると平助は立ち止まる。

 「その方らはここで待機じゃ」
 「はい、ではここでお待ちいたします」

 ケルは深々と頭を下げ平助にそう答えた。
翼はそれに口を(はさ)んだ。

 「あのさぁ、どのくらい、待つの?」

 平助は翼の問いかけに、翼を軽く(にら)んだ。

 「翼、お奉行はお忙しいお方だという事が分からぬか?」
 「え? まぁお奉行は奉行所のトップだから忙しいと思うけど?」
 「それが分かっておって、そのような事を聞くのか?」

 「いやぁ、だってさどの位待たされるのか分からないのって辛いじゃん」

 「ええぃ!まったく人間は道理というのを知らんのか!」
 「え、それを言う?」
 「なんじゃと!」
 「だって人間と物の怪は考え方が違うと俺に(さと)したあんたが、それを言うの?」
 「へ? それとどういう関係がある?」

 「人間社会なら俺でもどの位は待たされるかわかるよ、たぶんだけどね。
でもさ、物の怪の事なんて分からないよ?」

 「・・・」

 「今、お奉行は執務室で一人で仕事をしているんでしょ?
会議だとかじゃないんだよね?」

 「そうじゃが?」

 「重要な会議の最中なら、何時になるか分からないとは思うよ。
そうじゃないでしょ?」

 「う・・む、まぁ、そうじゃが?・・」
 「あと、会社の社長や重役にアポイントメントを取らずに突然に知らない人が来て会いたいなんて言ったら会わないかもしれないけどさ。
でも平助さんというそれなりの偉い人が、連れてきたんだからそんなことはないでしょ?」

 「む?・・・、それなりに偉い人とはどういう意味だ?」
 「え?、偉いんじゃないの平助さんは?」
 「そうじゃなく、それなりとはどういう意味だと聞いておる!」
 「それなりとは、それなりだけど?」

 それを聞いたケルが翼に怒鳴る。

 「翼、てぇげぇにしろよ! 平助様に対して失礼だろうが!」
 「そう?」
 「そうだと言ってるだろうが、このトンチキ!」
 「そうなの? そうか、ごめんな平助さん?」

 「なぜに疑問系で謝る?
まぁ良い、お前と話しているとややこしくなる。
よいかお奉行はかなり地位が高い方じゃ。
普通なら人間になど会わん。
じゃから、まずそれも踏まえてお奉行にお伺いをたてねばならん。
それだけではない。
お奉行が会うといっても、奉行所内からクレームが来るかもしれん。
じゃから関係各所にその(むね)を伝え、お奉行がお前と会ってよいか伺わねばならぬ。
じゃから、どの位待たせるかは分からぬ。
3刻(6時間)かもしれぬし、四半刻(30分)かもしれぬ」

 「え~・・・、6時間も待つなんてやだなぁ、この部屋で」

 「ん? この部屋が気にくわんのか?
いっとくがお奉行に会わせるモノ達の控えの間で良い部屋なのだぞ?」

 「う~ん・・・、確かに襖の絵とか、鴨居にある透かし彫りとか高級そうだよ?
でも庭など外が見れないじゃん。
それ以外にこの部屋は、ただっ広い何もない部屋じゃん?
暇つぶしのゲームとか、(いこい)いのものが無いんだもん」

 「バカもの!奉行所は憩いの場ではないわ!」
 「それは分かるけど、じゃぁさ、お茶とお菓子くらいは出る?」
 「・・・お前なぁ、はぁ~・・、人間はなんていう神経をしておるのじゃ?」
 「え? お茶くらい出すのは人間界では普通だよ?」

 それを聞いたケルが翼につっこむ。

 「お前、ここは人間で言う所の警察署だぞ?
警察に連行されてお茶を下さいっていう奴がいるか!」

 「あ、そうか、奉行所って人間界の警察に当たるのか・・・。
う~ん、だけどさ奉行所って公平性がなく、興味本位で動くんでしょ?
警察と一緒にしたら、警察のお偉い人が怒ると思うよ?」

 「こんのぉ、スットコドッコイがぁ!!
いいか良く耳をかっぽじって聞きやがれ!
ここは人間界じゃねぇんだ!
人間風情が意見して良い場所じゃねぇってやんがんでぇ!
てめぇなんぞ、張り付け獄門(ごくもん)にしてやろうか!」

 「え?ケルは庄屋でしょ?
それって可笑(おか)しくない?
庄屋が奉行所をさしおいて、俺を裁くの?
判決を下す権限あんの?庄屋に?」

 「ば、ば、馬鹿野郎! たとえってもんがあるだろうが!」
 「例えでお奉行様みたいな事を、庄屋が軽々しく言っていいのかな?」
 「お、お、おのれぇ~!!!」

 「えええい、大声で怒鳴り合うのではないわ! ここは奉行所であるぞ!」

 平助の一喝に、翼とケルはビクッとなった。

 「よいか翼、ここは喫茶店でもなければ、警察署でもない。
奉行所だ、それも物の怪のな。
あまり好き勝手言うと、牢屋に叩き込むぞ?」

 「ああっと・・・、すみませんでした」
 「うむ、最初から素直にしておれ」
 「はい・・・」
 「まぁ、お茶くらいは出してやろう」
 「さすが平助さん! お茶菓子もね」
 「・・・・まぁ、よかろう・・」

 それを聞いて翼はニコニコと部屋の中へと入った。
ケルは(あき)れたようすで、平助にかるく会釈をすると部屋にはいる。

 平助はため息をつくと廊下を歩きだした。

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