第16話 村への入り口

文字数 2,525文字

 ユンがコンビを組んでユリを探してくれる事に翼は安堵した。
そして緊張がとけてくると、有ることに気がついた。
それはこの異空間に水や食べ物があるかという事だ。

 翼は不安を押さえユンに聞く。

 「ユン、この異空間に水や食べ物は有るよね?
ユリがそれを見つけられない事なんて無いよね?」

 「水や食べ物? そんな物、有るわけないじゃない。」
 「え?!」

 それを聞いて翼は真っ青になる。
特に水は生きるために最低限必要なものだ。
その水さえもないとなると・・・。

 「翼? 何を真っ青になっているの?」
 「水も無いなんて! ユリが、ユリが!・・・。」
 「ああ、なるほどね、そうかそうか・・。」
 「ユン! 落ち着いている場合じゃない!」

 「落ち着きなさいな、水や食べ物は心配しなくても大丈夫よ。」
 「え!! じゃぁ、有るんだね、ユリは手に入れられるんだね!」

 「何勘違い(かんちがい)してんの? 無いってさっき言ったでしょ。」
 「え! 大丈夫だっていったじゃないか!!」
 「翼、いったい何を(おこ)っているの?」

 「怒るにきまっているだろう!
水や食べ物が無いといっておきながら、大丈夫だと!
大丈夫な訳は無いだろう!!」

 「落ち着きなさい!」
 「これが落ち着けるか!」

 「そう? なら、お前とはここまでよ。」
 「え?!」
 「パートナーの約束は解消するわ。」
 「ま、待て!! 待ってくれ!・・・・。」

 ユンは冷たい眼差し(まなざし)を翼に向ける。
その視線に翼は目を(つむ)り深呼吸をなんどかした。
そして・・。

 「すまなかったユン・・。」
 「まったくどうしてこうも冷静でいられないのかしら。」
 「当たり前だろう!!」
 「ほら、また・・。」
 「う!・・・。」

 翼は唇を()んだ。

 「済まないユン、冷静になるから・・・。」
 「・・・・。」

 「水もない、食べ物もない、でもユリは大丈夫なんだね?」
 「そうだと言っているでしょう?」
 「分かった。 だが、何故だ?」

 「いい事? この異空間には時間は存在しないの。
つまり1時間居ようが、100年居ようが時間が進まないの。
刻が止まっている空間よ。」

 「時間が止まっている?」

 「そうよ、だからユリはここでは水も食事もしなくても生きていけるわ。
疲れもしないければ、お腹も空かない。
成長もしなければ老いもしない。
でも体は動くし思考も働く空間なの。」

 「そうか・・・、なら水や食事は取らなくても心配ないんだね。」
 「そうだと言っているでしょ?」
 「そうか・・、なら安心かな?」

 だが翼はそれを聞いて別のショックを受けた。
もし翼がユリを見つけなければ、ユリは永遠にここを彷徨う事になる。
それにだ・・。

 「なあユン、ここに10年居たとするだろう?
そして人間の住む次元に戻ると、あちらは10年()っているって事かな?
でも、自分達は歳をとっていない?」

 「そうよ、当たり前じゃない。」

 これはユリを早く探さなければならない。
そうしないとユリが自分の世界に戻った時は浦島太郎だ。
両親も友人も皆いなくなった未来に、歳もとらない自分が忽然(こつぜん)と戻る事になる。
誰も自分を知る者がいない未来の世界に・・。

 ユンはそんな翼の不安など知らずに話しかけた。

 「さてと、今後の方針を決めましょう。
ここで話すのもなんだから、私の家に行きましょうか。」

 「え? あ、そうだね。村への入り口は遠いのかな?」
 「何を言っているのよ、目の前にあるでしょ?」
 「へ?」

 ポカンとする翼にユンは(あき)れた顔をした。

 「ねぇ、私の言うことをちゃんと聞いていなかったでしょう?」
 「え?」
 「この異次元で扉を開く位置は自分の村の入り口だと言ったでしょ?
それと、人間には私達の村への入り口が見えないと。」

 「あ~・・、そう言えば言ったような言わなかったような?」
 「言った。」
 「えっと・・。」

 「言った!」
 「・・・はぃ、聞いたような気がします。」

 「言った!!」
 「はい!そう聞きました!」
 「まったくもう!」

 そう言うとユンは手を前に(かざ)した。
すると目の前に突如(とつじょ)穴が(あらわ)れた。

 「え!?」
 「ここが村への入り口よ。」

 それは楕円形の姿鏡のような形状の穴であった。
幅は大人二人くらいの幅、高さは3m位だろうか。

 そしてこの異次元の空間とは少しだけ違った黒い色をしていた。
そのため穴がそこにある事がわかる。
だが少し離れるとわからないだろう。

 穴の色はその穴を(ふさ)いでいる膜の色だ。
膜は微妙に揺らいでいた。
水面(みなも)がそよ風に揺らされているかのように・・。

 翼はその穴の異常さに思わず1歩下がる。
穴は普通ならば土や、岩をくり抜いたものだ。
だがその穴の周りには何もない。
横に行けそうなのである。
ならば横はどうなっているのかと、横に行こうとした。
だが・・

 「え! 何これ!!」

 正面からすこしずれただけで穴は見えなくなった。
正面に戻るとまた見える。

 再度、穴を回り込むように移動すると見えなくなり、さらに穴の真後ろに回り込む。
邪魔をするものは無く、すんなりと後ろへと行けたのである。
そして穴の真後ろからユンが見えた。
まるで穴など二人の間に無いかのようだ。

 つまり・・
穴はそこに存在してはいるが、正面でしか見えないという事になる。
しかも何かをくり抜いた穴ではない。
土も何もない場所に空いた穴である。

 翼はそのままユンに向かって歩くと、何事も無くユンの所に移動できた。
振り返ると穴はあった。

 「えっと、これって・・。」
 「村への入り口よ。」
 「・・・・。」

 「どうしたの?様子が変よ。」
 「いや、だって穴って言ったようね?」
 「そうよ。」

 「普通穴と言ったら、土や岩を掘ったものだろう?
なのに、何これ?」

 「はぁ~・・、何を言っているの?」
 「いや、何って・・、穴の定義を言っているんだけど、これって穴じゃないよね?」
 「これは次元の穴よ。」
 「次元の穴?」
 「そうよ。」

 「そうか・・そうなんだ。」
 「分かったのね、よかった。」
 「いや、わかんない。」
 「へ? そんな事もわかんないの!」
 「うん、分からない。」
 「何を自信満々に言ってんのさ!」
 「だって、分かんない事に自信があるからね。」
 「はぁ~・・・・。」

 ユンは頭を抱えた。
こんな事もわからないのかと。
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