第24話 漂うユリ・・ その4

文字数 2,699文字

 物の怪が人間を食べるという話しを聞いて、ユリは唖然(あぜん)とした。

 少なくとも神社庁の報告で江戸時代の中期以降、人を襲って食べる物の怪の記載はなかった。
退治屋がそのような物の怪を根こそぎ退治してしまったと考え、物の怪が人間を襲うのは怨念によるものだけだと思い込んでいたからだ。

  ユリは一度深呼吸をし、心を落ち着けた。
今はその件について考えている場合ではない。
それよりも目の前の物の怪が、此処(ここ)に戻ってきた理由だ。

 一度見捨てたはずなのに、気が変わって自分を助けに来たように見える。
だが・・。
ユリは物の怪に(たず)ねる。

 「もしかして、ここに引き返して来たのは私を食べるためかしら?」
 「フォッフォッフォッ、ならどうする?」
 「そう簡単には食べられないわよ?」
 「そうであろうな、物の怪退治ができる人間ならばな。」
 「・・・・。」

 物の怪はそう言いながら、愉快(ゆかい)そうに微笑(えみ)みを浮かべた。
そしてユリに問う。

 「ところでじゃ、お前が此処(ここ)にいる経緯じゃが・・。
友人である物の怪がお前をここに逃がしたからなのは理解はした。
じゃが、その物の怪は何故(なぜ)お前を此処に置き去りにした?」

 「置き去りにしたのではないわ・・、たぶん。」
 「?」

 「烏妖(うよう)が私を捕まえようと、友人の物の怪とつないでいた私の手を振り払ったの。
その反動で私は放り出されて気を失い、気がついたら一人だったわ。」

 「なるほどな・・、放り出したというわけではなさそうじゃな。
その友人が無事ならよいがのう・・。」

 「無事よ!!」

 ユリはそう叫んだ。
相手は烏妖だ。
無事だという保証はない。
だがそれを口にすると現実になりそうで怖かったのだ。

 物の怪はそれがわかったのであろう。

 「そうか・・、そうだな、無事であろうよ。」

 そう答え、暫し間を置きユリに聞いた。

 「そのお前の友人というは誰じゃ?」
 「・・・。」
 「心配するな、お前の友人に手などださん。」
 「えっ?・・・」
 「何を驚いておる。」

 「さっきまで友人の名前を聞き出そうとしていたじゃない。
何かしようとしていたんじゃないの?」

 「そうじゃ。
もし人間の欲望につけ込む物の怪ならば、儂はそれなりの対処をせねばならん。
そしてその物の怪と通じた人間もな。
だが、お前とその友人の物の怪は良きモノだと信じよう。」

 「・・・私が良い人間だと何故(なぜ)思うのかしら?」
 「悪い人間ならば、儂が背中を向けて帰ろうとしたときに攻撃したであろう?」
 「・・・私を(ため)したの?」
 「そうじゃよ?」
 「・・・。」

 「気を悪くするでない。
物の怪の片隅にもおけないモノと(つな)がった人間など助けるわけにはいかぬ。
そのような人間はその場で始末をせねばならぬからな。
そしてその人間と(つな)がっている物の怪もじゃ。
だからお前を試したのじゃが?」

 「・・・納得したわ。」
 「で、(わし)に助けて欲しいのか?」

 「はい・・、もし助けていただけるなら。
でも友人の物の怪については話す気はないわ。」

 「そうか、まぁよかろう、ついて来い。」

 そう言うと、その物の怪は(きびす)を返して(あゆ)み始める。

 「あ、あの!」
 「なんじゃ?」

 物の怪はユリの声に怪訝(けげん)そうに振り返った。

 「私、貴方の行く方向に行けないんです。」
 「へっ?!」
 「見ていて下さいね。」

 そう言ってユリは今いる位置から動けないことを足を動かして示した。
さらに水の中で水をかくかのように手を動かす。

 それを見て、物の怪は驚いた顔をした。

 「お前・・、ここでは歩けないのか?」
 「はい。おそらく人間はここでは歩けないのではないでしょうか?」

 「ああ! そうであった!
お前は人間であったな。
これはすまなんだ。
じゃが、この異次元空間で移動するコツを教えるには時間もかかるし、ちと面倒だ。
しかたないのう。」

 そう言って物の怪は再びユリの所に戻ると、ユリの額に左手の人差し指を近づけた。
額に触れるか触れないかの距離に近づいたとき・・

    バチッ!

 額と物の怪の指の間で火花が飛んだ。
  
 「痛い!!」

 「よし、これでいいだろう。」
 「な、なにがいいだろうよ! 痛いじゃない!」
 「何を怒っておる?」
 「怒るでしょ、普通は!」

 「よう分からんが、ほれ、歩いてみろ。」
 「え?」
 「え、じゃない、歩いてみろといっておるのだ。」
 「え、あ、はい。」

 ユリは訳が分からず、足を()み出した。
すると足を踏み出した方向に歩けたのである。

 「え! あ、歩ける!」
 「ふむ、問題ないようじゃな、行くぞ。」

 「あ、は、はぃ・・・。
あ、でも、あの、今のは?」

 「ん?わからんのか・・。
お前の霊力を少し

のじゃ。」

 「霊力を?!」

 「あ、これ、心配するでない。
お前の霊力に問題はないぞ。
物の怪退治や、物の怪を探し出す能力はそのままだ。」

 「え? あ、はぃ・・。」

 「ん、どうした?」
 「もしかして、私の物の怪退治の霊能力、消し去ることもできるんですか?」
 「できるが、それがどうした?」
 「え、いえ、あの、それならば私の物の怪退治の霊能力を消したかったのでは?」

 「なぜじゃ?」
 「だって、あなたの仲間である物の怪が退治されてもいいの?」
 「困るのう、それは。」
 「なら、何故?!」

 「では聞くが、人間は人間を殺せるだろう?」
 「殺す?・・、まぁ、殺せますが普通はしませんよ?」
 「なぜ殺さない? 戦争では平気で殺すであろう?」
 「戦争は戦争です。平和な世で人を殺すなどしません。」

 「危険な物の怪ならばどうする?」
 「躊躇(ちゅうちょ)せずに退治します。」
 「危険でなければ?」
 「退治しません。」

 「そうであろう。
お前が能力を使うのは、人間が襲われるのを防ぐためにだけじゃ。
物の怪を手当たり次第に始末などしておらぬであろう?」

 「はい。」
 「ならば、お前の物の怪を退治する能力を消す必要などない。」
 「・・・。」

 「分からぬか?」
 「・・・。」
 「儂には人間を簡単に殺せる能力がある。」
 「!」

 「だがだからと言って、なりふり構わず人間を殺しはせぬ。
非も無い物の怪に害を及ぼす人間を排除するだけじゃ。
それと同じであろう?
お前の能力は罪も無い同胞(どうほう)を守るためのものじゃ。
ならばその能力を奪う必要もなければ、奪う権利もない。」

 「・・・そうですか、分かりました。」
 「納得したならば、行くぞ。」

 そう言うと物の怪は再び(きびす)を返し歩き始めた。
ユリはその物の怪の言った言葉を噛みしめていた。
物の怪は暫く(しばらく)先を歩いた後、振り向いた。

 「ついて来んのか? 助けは不要なのか?」
 「あ! す、すみません!」

 ユリは慌てて、その物の怪の後を追いかけた。
物の怪の正体、それは猫又(ねこまた)であった。
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