第44話 河童の里を訪れる その4
文字数 2,465文字
ケルは倉の側面に添って歩く。
見事なナマコ壁が続く。
ケルはやおらある場所で立ち止まると、ナマコ壁の盛り上がっている漆喰の場所を軽く押しやる。
ガコン!
軽い音とともに押された漆喰の部分は内側に引っ込む。
暫く間を置いてナマコ壁の一部が少し奥に引っ込み、ゆっくりと横にずれて入り口が現れた。
大きさは茶室の躙戸 くらいの大きさである。
その入り口を二人はくぐり抜ける。
するとその入り口が自動的に閉まった。
中は真っ暗である。
この倉の壁は分厚い漆喰のため、話し声を外で聞こうとしても聞こえな作りになっていた。
しかもこの隠し部屋は倉の正面の扉から入ってきても部屋には入れない構造になっている。
倉の正面の扉から入って部屋が無いか探そうとしても、見つけることはできないだろう。
巧妙に物や棚などが配置されて隠されている上に、目の錯覚を起こさせて部屋があると認識できないようになっているからだ。
言うまでも無く隠し部屋で大声を上げて騒いでも、倉の中に居ても聞こえないようにできている。
ケルは真っ暗な中、手探りで蝋燭 を探して灯りを灯す。
照らし出された室内は綺麗に掃除がされており、また豪勢であった。
猫又は一段高くなった小上がりに座る。
ケルは一段下であるその場所で平伏 した。
「ようこそおいで下さいました、平助 様。」
「うむ。急な来訪ですまぬな。」
「滅相もございませぬ。
して、今日はどのような用件でお越しでしょうか?」
「それなんだがな・・・。」
猫又はじっとケルを観察するかのように見つめた。
その様子にケルは身構えた。
「ケルよ、その方ならば村人の交友関係は把握しておるであろう?」
「え? はぃ、まぁ庄屋ですから」
「うむ」
「あの・・、何か村人が悪さでも・・」
「う~む、何とも言えぬ」
「?!・・・・。」
「率直に聞く。河童の中に人間と親しくしている者はおるか?」
「!」
突然の問いかけにケルはギョとした。
何故にそのような事を聞く?!
普通河童は人間との交流など無いし、する気もない。
ケルも同様である。
ユンが異常なのだ。
ユン以外に人間と親しくしている河童はいない。
つまりこれはユンの事を言っている以外のなにものでもない・・・。
とはいえケルはユリなる人間は知ってはいる。
それはユンの知り合いだからであり、それ以上でも以下でもない。
おまけで翼も知ってはいる。
ユリの番い だという事も。
だが交流などする気はない。
ユンに頼まれて居候として仕方なく置いているだけの関係である。
ケルは思う。
ユンはユリという人間とかなり親しい。
有り得ないことに、ユリを友人だなどと思っている事も知っている。
平助様にまさかその事を聞かれるとは夢にも思わなかった。
だから人間などとあまり関わるなとあれほどユンに言ったのにと後悔した。
やはりこうなる前に、何がなんでも縁を切らせるべきだったかと思う。
ケルは葛藤する。
どうする?
誤魔化すか、それとも・・。
わずかに逡巡したケルを、平助は鋭い眼差しで見つめていた。
「何を戸惑 っておる?」
「いえ、戸惑ってなどおりません・・」
「ならば何故にすぐに答えぬ?」
「それは・・。」
「正直に話せ。」
ケルは腹を決めた。
「平助様、人間と親しくしたモノがおったとして、どうするおつもりで?」
「どうするかは、話しによる」
「そうですか・・。」
平助の様子から大罪人として扱う様子は見られない。
だが、かといって奉行所が動いたのだ。
なんらかの罪状が有るとみてよいだろう・・・。
「ところでなぜに奉行所が、我が一族と人間との親交を知っていなさるのでしょうか?」
「それを聞いてどうする?」
「いえ、どうにもしません」
「そうか、ならば何故に聞く?」
「単なる好奇心からです。」
「そうか、だが情報源を話す気はない」
「・・・そうですか。」
情報の出所など奉行所のモノが話すはずはない。
それを分かっていてあえて聞いてみたのだ。
情報源が分かれば、ユンの罪状がある程度は分かるかと思ったにすぎない。
ケルは平助を上のモノとして対応しているが、江戸自体の武家と庄屋という権力図とは多少異なる。
確かに奉行所に嘘を言ったり、楯突けば無事では済まされない。
しかし妥当性があれば、必ずしもお咎めを受けるとは限らないのである。
それに、庄屋として奉行所の判断に異議申し立てや、再捜査依頼などの申し立ては許されている。
庄屋の権力は、結構強いのである。
ただし異議申し立てに奉行所は咎めないだけであり、裁量は奉行所次第なのだ。
では平助と、庄屋であるケルとの親交はどうかというと・・
ケルと平助とのつき合いは長い。
庄屋として仕事をこなすには、奉行所とうまく付き合う必要がある。
そのため親父 から、将来の庄屋の跡取りとして紹介されて接していたからだ。
だが親しいわけではない。
かといって親しくないわけでもない。
付かず離れず適切な親交をはかっていたのである。
ケルから見て平助は実直であり、道理をわきまえている御仁だという認識はある。
温厚な性格でモノの善悪を公正に見ようとする。
だが、奉行所の役人であり、そして重役ではない。
上からの指示に忠実であり、非情な面も併 せ持っている。
つまり上からの指示ならば、白いものも黒と言わねばならない立場なのだ。
ケルは平助に上目遣い で聞く。
「では、人間と親交のあるモノを奉行所は捕 らえるので御座いますか?」
「捕らえる?」
「はい」
「・・そうじゃな、否定はせぬ。」
「否定は? つまり捕らえない可能性も有るという事ですか?」
「ケルよ」
「何で御座いましょうか?」
「お前にとってそのモノを捕らえると、何か不都合があるのか?」
その言葉に一瞬、ケルは動揺した。
だがすぐに不味いと思い慌てて答える。
「いえ、不都合という事は御座いませんが・・・」
平助は目を細めた。
ケルの背中を冷たい汗が流れる。
少し間を置いて平助はケルに聞く。
「そなたの近しい者か?」
「!」
その言葉に、思わずケルは顔を上げて反応してしまった。
見事なナマコ壁が続く。
ケルはやおらある場所で立ち止まると、ナマコ壁の盛り上がっている漆喰の場所を軽く押しやる。
ガコン!
軽い音とともに押された漆喰の部分は内側に引っ込む。
暫く間を置いてナマコ壁の一部が少し奥に引っ込み、ゆっくりと横にずれて入り口が現れた。
大きさは茶室の
その入り口を二人はくぐり抜ける。
するとその入り口が自動的に閉まった。
中は真っ暗である。
この倉の壁は分厚い漆喰のため、話し声を外で聞こうとしても聞こえな作りになっていた。
しかもこの隠し部屋は倉の正面の扉から入ってきても部屋には入れない構造になっている。
倉の正面の扉から入って部屋が無いか探そうとしても、見つけることはできないだろう。
巧妙に物や棚などが配置されて隠されている上に、目の錯覚を起こさせて部屋があると認識できないようになっているからだ。
言うまでも無く隠し部屋で大声を上げて騒いでも、倉の中に居ても聞こえないようにできている。
ケルは真っ暗な中、手探りで
照らし出された室内は綺麗に掃除がされており、また豪勢であった。
猫又は一段高くなった小上がりに座る。
ケルは一段下であるその場所で
「ようこそおいで下さいました、
「うむ。急な来訪ですまぬな。」
「滅相もございませぬ。
して、今日はどのような用件でお越しでしょうか?」
「それなんだがな・・・。」
猫又はじっとケルを観察するかのように見つめた。
その様子にケルは身構えた。
「ケルよ、その方ならば村人の交友関係は把握しておるであろう?」
「え? はぃ、まぁ庄屋ですから」
「うむ」
「あの・・、何か村人が悪さでも・・」
「う~む、何とも言えぬ」
「?!・・・・。」
「率直に聞く。河童の中に人間と親しくしている者はおるか?」
「!」
突然の問いかけにケルはギョとした。
何故にそのような事を聞く?!
普通河童は人間との交流など無いし、する気もない。
ケルも同様である。
ユンが異常なのだ。
ユン以外に人間と親しくしている河童はいない。
つまりこれはユンの事を言っている以外のなにものでもない・・・。
とはいえケルはユリなる人間は知ってはいる。
それはユンの知り合いだからであり、それ以上でも以下でもない。
おまけで翼も知ってはいる。
ユリの
だが交流などする気はない。
ユンに頼まれて居候として仕方なく置いているだけの関係である。
ケルは思う。
ユンはユリという人間とかなり親しい。
有り得ないことに、ユリを友人だなどと思っている事も知っている。
平助様にまさかその事を聞かれるとは夢にも思わなかった。
だから人間などとあまり関わるなとあれほどユンに言ったのにと後悔した。
やはりこうなる前に、何がなんでも縁を切らせるべきだったかと思う。
ケルは葛藤する。
どうする?
誤魔化すか、それとも・・。
わずかに逡巡したケルを、平助は鋭い眼差しで見つめていた。
「何を
「いえ、戸惑ってなどおりません・・」
「ならば何故にすぐに答えぬ?」
「それは・・。」
「正直に話せ。」
ケルは腹を決めた。
「平助様、人間と親しくしたモノがおったとして、どうするおつもりで?」
「どうするかは、話しによる」
「そうですか・・。」
平助の様子から大罪人として扱う様子は見られない。
だが、かといって奉行所が動いたのだ。
なんらかの罪状が有るとみてよいだろう・・・。
「ところでなぜに奉行所が、我が一族と人間との親交を知っていなさるのでしょうか?」
「それを聞いてどうする?」
「いえ、どうにもしません」
「そうか、ならば何故に聞く?」
「単なる好奇心からです。」
「そうか、だが情報源を話す気はない」
「・・・そうですか。」
情報の出所など奉行所のモノが話すはずはない。
それを分かっていてあえて聞いてみたのだ。
情報源が分かれば、ユンの罪状がある程度は分かるかと思ったにすぎない。
ケルは平助を上のモノとして対応しているが、江戸自体の武家と庄屋という権力図とは多少異なる。
確かに奉行所に嘘を言ったり、楯突けば無事では済まされない。
しかし妥当性があれば、必ずしもお咎めを受けるとは限らないのである。
それに、庄屋として奉行所の判断に異議申し立てや、再捜査依頼などの申し立ては許されている。
庄屋の権力は、結構強いのである。
ただし異議申し立てに奉行所は咎めないだけであり、裁量は奉行所次第なのだ。
では平助と、庄屋であるケルとの親交はどうかというと・・
ケルと平助とのつき合いは長い。
庄屋として仕事をこなすには、奉行所とうまく付き合う必要がある。
そのため
だが親しいわけではない。
かといって親しくないわけでもない。
付かず離れず適切な親交をはかっていたのである。
ケルから見て平助は実直であり、道理をわきまえている御仁だという認識はある。
温厚な性格でモノの善悪を公正に見ようとする。
だが、奉行所の役人であり、そして重役ではない。
上からの指示に忠実であり、非情な面も
つまり上からの指示ならば、白いものも黒と言わねばならない立場なのだ。
ケルは平助に
「では、人間と親交のあるモノを奉行所は
「捕らえる?」
「はい」
「・・そうじゃな、否定はせぬ。」
「否定は? つまり捕らえない可能性も有るという事ですか?」
「ケルよ」
「何で御座いましょうか?」
「お前にとってそのモノを捕らえると、何か不都合があるのか?」
その言葉に一瞬、ケルは動揺した。
だがすぐに不味いと思い慌てて答える。
「いえ、不都合という事は御座いませんが・・・」
平助は目を細めた。
ケルの背中を冷たい汗が流れる。
少し間を置いて平助はケルに聞く。
「そなたの近しい者か?」
「!」
その言葉に、思わずケルは顔を上げて反応してしまった。