第73話 猫又事情 その3
文字数 3,232文字
お奉行はこれで話しは終わったと思い周りを見回そうとしたとき、翼がお奉行に声をかけた。
「最後にさぁ、一つ注文があるんだけど?」
「注文?」
「俺が人間界に戻っても、人間を撲滅せんとする猫又の情報が欲しい」
「分かった」
「え?!」
「どうした? お前の要求通りにすると言っておるのだ」
「いや、やけに簡単に約束するから・・」
「当たり前であろう?」
「当たり前?」
「約束しなければ、まかり間違って人間界で猫又を問答無用で始末されてはたまらんからな」
「あ~・・・、まぁ、そうだよね、そうならないとは言い切れないけど・・」
「うむ、では任せた」
「任せた? いや、もしかしてお奉行、情報を直接俺に知らせようとしてない?
人間界にある神社庁に情報を提供して欲しいんだけど?」
「いや、お前に情報を直接流すつもりじゃよ」
「いやいやいや、それ、やめて?」
「なんでじゃ?」
「だって俺、神社庁にその手の書類作成とか、上への説明とか面倒だもん」
「それは儂もじゃ、だからお前に任す」
「やだ!」
「じゃぁ、情報は渡さん」
「え?! それって卑怯じゃん! それでも武家か!」
「なぁにが卑怯だ。儂は多忙じゃ、仕事の効率化を考えて当然だ。
何も問題もないし、卑怯でもないわ!」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
「情報、いらんのか?いらんのじゃな? ほれ、どうする?」
「・・・・」
「そうか、いらんか」
「わ、分かった! もらってやるよ!」
「貰 ってやる? 下さい、お願いします、ではないのか?」
「え?」
「儂は別にどうでもいいんだぞ?」
「情報よこさないと戦争になるかもしれないのにか!」
「よこさないではなく、渡そうとしたのに拒否しようとしているのはお前だ」
「はぁ~!!! な、何それ!」
「何それではあるまい、言葉どおりじゃが、違うか?」
「ううううううう、猫又って奴は!!」
「奴だと、ほう、そうか、そういう非友好的な態度をとるのか?
ならば情報をいらんばかりか、猫又を拒絶するというのだな?」
翼はガクリと肩を落とした。
お奉行はしてやったりとニンマリした。
昼行燈 奉行の老獪 な掌 の上で遊ばれた翼である。
「分かりました・・・。
是非とも情報を私に伝えて下さるようお願いします、でいいか!」
「お願いになっておらん、却下だな」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
「それ、やり直せ、どうする?やらんのか?」
「・・・」
翼は奉行を睨 みつけた。
周りの猫又達は肩を揺らして、下を向いていた。
笑いをこらえているのだ。
それはそうであろう。
道場で圧倒的な強さを見せた退治屋が、お奉行の掌で転がされているのだ。
面白 いし、滑稽 でしょうがないのは仕方がないというものである。
だがただ一人、道場主の剣ノ助は翼を冷静に見つめていた。
武芸者として翼の実力をこの手で確かめてみたかったのである。
例え勝てなかったとしても・・・。
だが、今となっては果たし合い、いや試合であってもお奉行は許さないであろう。
だが手合わせをしたいと思うのは武芸者としての性 である。
つまり剣ノ助タダ一人だけ、他の猫又達とは違っていた。
まぁ、どうでもよい事ではあるが。
翼はしぶしぶという様子で、お奉行に頭を下げる。
「是非とも情報を私にお願いいたします。
神社庁には私の責任において報告し、猫又と無意味な争いがないように計らいます」
「うむ、頼んだぞ」
「しかし」
「?」
「人間界に人間を害する猫又が、そちらからの情報なしに現れた場合は、それを機に無差別に猫又を一掃するのでよろしく願います」
「な! ま、まてまて、奉行所のあずかり知らぬところで人間界に行く猫又まで取り締まれぬぞ!」
「それは奉行所の都合でしょう?
俺らには関係ない事だけど?」
「な、ならば人間がこちらに来た場合はなんとする!」
「お好きなようにしてください。
でも、人間は退治屋のような強力な者は少ないですよ?
退治屋のリストは極秘扱いを条件として、奉行所に渡すように神社庁に申請しておきます。
ついでに退治屋ではなく、物の怪を消すことのできる神社庁の者も。
まぁ、人間界にいる霊能力者は全員、神社庁が把握しており渡すリストに抜けは無いので。
そのリストがありながら、関係ない人間を抹殺したとなれば、どうなるか知りませんけどね」
「うぬぅ!! 翼! それは卑怯ではないか!」
「なんで卑怯になるのかな?
正々堂々、霊能力者の極秘リストを渡すと言っているんだけど?
それともそれを受け取らず、この物の怪の世界では人間を皆殺しにすると宣言しちゃう?」
お奉行は言葉に詰まった。
翼はとんだ食わせものだと今更気がついたのである。
のほほんとしていて間が抜けたように見せ、且つ退治屋としての本質は無慈悲な脳筋男だと侮っていたことを後悔した。
奉行所は人間撲滅の危険思想のモノを、人間界に入れないというプライオリティが最優先にさせられたのである。
周りの猫又達も顔を青くした。
面白 がってお奉行と翼の話しを聞いていたが、これで仕事が人間を撲滅する思想のモノの取り締まりに抜けがあってはならなくなった。
他の仕事も重要であるというのにである。
今までさぼっていたわけではないが、仕事が大変な事になるのは免 れない。
お奉行は深いため息をついた。
翼にしてやられたのだから、ため息くらい吐かせてやるのが人情というものである。
お奉行は気を取り直し、顔をあげた。
「ところで、お前、ここに来た理由を忘れていないか?」
「ここに来た理由?」
「番 を迎えに来たのではないのか?」
「え? あ、あああああぁああ、そうだった!!!!!」
「はぁ~・・・、やはりな、忘れておったか。
退治屋としては鏡と言える態度ではあるがな」
「ば、バカ言わないでくれ!
ゆ、ユリを忘れるなんて事は無い、絶対に!、・・いや、たぶん」
「嘘 を申 すな、忘れていたであろう?」
「うぐっ!・・・」
「心配するなユリとかいう番い にはその事は言わん。
儂も家族は大事だが、自分の職務を優先することが多い。
そうでなければ物の怪の誰かが被害にあうからのう・・・」
お奉行と翼は互いに見つめ合い、ため息を吐いた。
できる男はつらい、という感じであろうか?
まぁ、ユリがここ奉行所におり安全であることが分かっていたから、安心して忘れていたのであるが。
つまり翼は安心して試合だの市之助の処分だのという事に首を突っ込めていられたのである。
とはいえユリが危険な状況であった場合、それにかまわず退治屋として動いてもユリは怒ることはないだろう。
退治屋が家族を第一にしたら、結果として多くの人が物の怪に襲われる事になる。
ユリは退治屋の妻なのだから、その覚悟を持っていないはずはないのである。
翼が退治屋になることを許したうえで、一緒になったのだから。
とはいえ・・・、ユリが怒ったら怖い翼である。
翼にとっては物の怪よりも怖い存在であった。
そう思った時、翼はある証明方法をふと思い浮かべた。
つまり 翼 = 退治屋 であるので、ユリは退治屋より強い事になる。
つまりユリは絶対的な強者ではないだろうか?
数学の帰納法で言うならば、 物の怪 < 翼 < ユリ という事になる。
よってユリが最強なのだ。
と、妄想をする翼であった。
はっきり言ってこの帰納法の証としてはおかしいのであるが、それを誰もつっこまない。
あたりまえである。
翼の考えていることなど、周りがわかろうはずがない。
だが一人だけ翼の様子を見て突っ込むモノがいた。
お奉行である。
「翼、お前、なにか変なことを考えておるな?」
するどい指摘である。
翼はそっと目を反らし、ぽつりと呟いた・・
「ユリは最強だよ」
「?」
お奉行はなぜユリが最強という話に突然なるのかと怪訝 な顔をした。
だが、直ぐに納得した。
何故なら翼だからである。
お奉行はこの会話を無視することにした。
さすがは名奉行である(昼行燈 ともいわれていはいるが)。
「最後にさぁ、一つ注文があるんだけど?」
「注文?」
「俺が人間界に戻っても、人間を撲滅せんとする猫又の情報が欲しい」
「分かった」
「え?!」
「どうした? お前の要求通りにすると言っておるのだ」
「いや、やけに簡単に約束するから・・」
「当たり前であろう?」
「当たり前?」
「約束しなければ、まかり間違って人間界で猫又を問答無用で始末されてはたまらんからな」
「あ~・・・、まぁ、そうだよね、そうならないとは言い切れないけど・・」
「うむ、では任せた」
「任せた? いや、もしかしてお奉行、情報を直接俺に知らせようとしてない?
人間界にある神社庁に情報を提供して欲しいんだけど?」
「いや、お前に情報を直接流すつもりじゃよ」
「いやいやいや、それ、やめて?」
「なんでじゃ?」
「だって俺、神社庁にその手の書類作成とか、上への説明とか面倒だもん」
「それは儂もじゃ、だからお前に任す」
「やだ!」
「じゃぁ、情報は渡さん」
「え?! それって卑怯じゃん! それでも武家か!」
「なぁにが卑怯だ。儂は多忙じゃ、仕事の効率化を考えて当然だ。
何も問題もないし、卑怯でもないわ!」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
「情報、いらんのか?いらんのじゃな? ほれ、どうする?」
「・・・・」
「そうか、いらんか」
「わ、分かった! もらってやるよ!」
「
「え?」
「儂は別にどうでもいいんだぞ?」
「情報よこさないと戦争になるかもしれないのにか!」
「よこさないではなく、渡そうとしたのに拒否しようとしているのはお前だ」
「はぁ~!!! な、何それ!」
「何それではあるまい、言葉どおりじゃが、違うか?」
「ううううううう、猫又って奴は!!」
「奴だと、ほう、そうか、そういう非友好的な態度をとるのか?
ならば情報をいらんばかりか、猫又を拒絶するというのだな?」
翼はガクリと肩を落とした。
お奉行はしてやったりとニンマリした。
「分かりました・・・。
是非とも情報を私に伝えて下さるようお願いします、でいいか!」
「お願いになっておらん、却下だな」
「うぐぐぐぐぐぐ!」
「それ、やり直せ、どうする?やらんのか?」
「・・・」
翼は奉行を
周りの猫又達は肩を揺らして、下を向いていた。
笑いをこらえているのだ。
それはそうであろう。
道場で圧倒的な強さを見せた退治屋が、お奉行の掌で転がされているのだ。
だがただ一人、道場主の剣ノ助は翼を冷静に見つめていた。
武芸者として翼の実力をこの手で確かめてみたかったのである。
例え勝てなかったとしても・・・。
だが、今となっては果たし合い、いや試合であってもお奉行は許さないであろう。
だが手合わせをしたいと思うのは武芸者としての
つまり剣ノ助タダ一人だけ、他の猫又達とは違っていた。
まぁ、どうでもよい事ではあるが。
翼はしぶしぶという様子で、お奉行に頭を下げる。
「是非とも情報を私にお願いいたします。
神社庁には私の責任において報告し、猫又と無意味な争いがないように計らいます」
「うむ、頼んだぞ」
「しかし」
「?」
「人間界に人間を害する猫又が、そちらからの情報なしに現れた場合は、それを機に無差別に猫又を一掃するのでよろしく願います」
「な! ま、まてまて、奉行所のあずかり知らぬところで人間界に行く猫又まで取り締まれぬぞ!」
「それは奉行所の都合でしょう?
俺らには関係ない事だけど?」
「な、ならば人間がこちらに来た場合はなんとする!」
「お好きなようにしてください。
でも、人間は退治屋のような強力な者は少ないですよ?
退治屋のリストは極秘扱いを条件として、奉行所に渡すように神社庁に申請しておきます。
ついでに退治屋ではなく、物の怪を消すことのできる神社庁の者も。
まぁ、人間界にいる霊能力者は全員、神社庁が把握しており渡すリストに抜けは無いので。
そのリストがありながら、関係ない人間を抹殺したとなれば、どうなるか知りませんけどね」
「うぬぅ!! 翼! それは卑怯ではないか!」
「なんで卑怯になるのかな?
正々堂々、霊能力者の極秘リストを渡すと言っているんだけど?
それともそれを受け取らず、この物の怪の世界では人間を皆殺しにすると宣言しちゃう?」
お奉行は言葉に詰まった。
翼はとんだ食わせものだと今更気がついたのである。
のほほんとしていて間が抜けたように見せ、且つ退治屋としての本質は無慈悲な脳筋男だと侮っていたことを後悔した。
奉行所は人間撲滅の危険思想のモノを、人間界に入れないというプライオリティが最優先にさせられたのである。
周りの猫又達も顔を青くした。
他の仕事も重要であるというのにである。
今までさぼっていたわけではないが、仕事が大変な事になるのは
お奉行は深いため息をついた。
翼にしてやられたのだから、ため息くらい吐かせてやるのが人情というものである。
お奉行は気を取り直し、顔をあげた。
「ところで、お前、ここに来た理由を忘れていないか?」
「ここに来た理由?」
「
「え? あ、あああああぁああ、そうだった!!!!!」
「はぁ~・・・、やはりな、忘れておったか。
退治屋としては鏡と言える態度ではあるがな」
「ば、バカ言わないでくれ!
ゆ、ユリを忘れるなんて事は無い、絶対に!、・・いや、たぶん」
「
「うぐっ!・・・」
「心配するなユリとかいう
儂も家族は大事だが、自分の職務を優先することが多い。
そうでなければ物の怪の誰かが被害にあうからのう・・・」
お奉行と翼は互いに見つめ合い、ため息を吐いた。
できる男はつらい、という感じであろうか?
まぁ、ユリがここ奉行所におり安全であることが分かっていたから、安心して忘れていたのであるが。
つまり翼は安心して試合だの市之助の処分だのという事に首を突っ込めていられたのである。
とはいえユリが危険な状況であった場合、それにかまわず退治屋として動いてもユリは怒ることはないだろう。
退治屋が家族を第一にしたら、結果として多くの人が物の怪に襲われる事になる。
ユリは退治屋の妻なのだから、その覚悟を持っていないはずはないのである。
翼が退治屋になることを許したうえで、一緒になったのだから。
とはいえ・・・、ユリが怒ったら怖い翼である。
翼にとっては物の怪よりも怖い存在であった。
そう思った時、翼はある証明方法をふと思い浮かべた。
つまり 翼 = 退治屋 であるので、ユリは退治屋より強い事になる。
つまりユリは絶対的な強者ではないだろうか?
数学の帰納法で言うならば、 物の怪 < 翼 < ユリ という事になる。
よってユリが最強なのだ。
と、妄想をする翼であった。
はっきり言ってこの帰納法の証としてはおかしいのであるが、それを誰もつっこまない。
あたりまえである。
翼の考えていることなど、周りがわかろうはずがない。
だが一人だけ翼の様子を見て突っ込むモノがいた。
お奉行である。
「翼、お前、なにか変なことを考えておるな?」
するどい指摘である。
翼はそっと目を反らし、ぽつりと呟いた・・
「ユリは最強だよ」
「?」
お奉行はなぜユリが最強という話に突然なるのかと
だが、直ぐに納得した。
何故なら翼だからである。
お奉行はこの会話を無視することにした。
さすがは名奉行である(