第67話 試合 その4

文字数 2,445文字

 奉行は道場に集まっている面々をゆっくりと見回し、そして声を上げた。

 「皆のモノ、どう思う?
市之助(いちのすけ)と翼の全力での試合、許可するか?」

 その言葉に道場に集まっている面々は、隣のモノと顔を合わせガヤガヤとしはじめた。
お奉行はその様子を何も言わずに見ていた。
やがてガヤガヤとしていたモノの中から挙手をするモノが現れる。

 「ん? どうした剣ノ助(つるぎのすけ)?」
 「退治屋の実力を知るための試合は良いのですが、市之助でよろしいのですか?」

 その言葉に市之助は、グッと奥歯を噛んだ。

 「道場主の剣ノ助としては、市之助の実力に不満か?」
 「不満という訳ではないのです。
ですが市之助は師範代の実力者とはいえ、猫又最強とはいえません」

 「たしかにそうじゃが?」
 「さすれば私が」
 「いや、この試合は誰が一番強いかを争うものではない。
退治屋というものが、どの程度か分かればよい。
それに市之助は若手だ。
若手の方が退治屋の実力を肌で感じるのが、今後に役立つ」

 「わかり申した、余計な差し出口、お許しを」
 「何、かまわんさ、お主らしい意見じゃよ。
さて、他のモノは何か意見はあるか?」

 するとまた一人、手を上げた。

 「なんじゃ、鎌尉(かまのじょう)?」
 「奉行所の総合的な武力を考えると、市之助に万が一があるとまずいかと。
市之助のようなモノを育てるのに、いかほど費用と月日がかかるかお分かりですか?」

 それに市之助が口を挟んだ。

 「私が負けるとでも!」
 「黙らっしゃい! お前が口を(はさ)むでない!」

 鎌尉の一喝に、市之助が黙る。
どうやら鎌尉は奉行所でもかなりの権力者らしい。

 奉行はそんなやりとりを見ていたが、仕方なさそうに話す。

 「先程申したであろう?
退治屋の実力を知る必要が奉行所にはあるのじゃよ。
もしこの奉行所が捕り物で退治屋に出会ったとしたらどうなる?
実力もわからず血気盛んなバカが、退治屋と知っても武を振るおうとして消されたら?
退治屋に挑むバカはおそらく一人、二人ではすまぬぞ。
先の未来で多くのモノが退治屋に消されるのと、この奉行所内で退治屋の実力を知っておくのとどちらを選ぶ?」

 「・・・なるほど。
分かり申した、ならば儂は試合に賛成でござる」

 「ふむ、他に何か意見のあるモノはいるか?」

 そう言って奉行は回りを見回す。
だれも何も言わない。

 「では死闘にちかい試合を許可でよいな?」

 回りのモノは軽く頭を下げて同意を示した。

 「うむ、大多数が賛成か・・・。ならば許可しよう。
よいか翼と市之助?」

 二人はほぼ同時に頷いた。
奉行はそんな二人を見て、口を開く。

 「試合にあたり、二人には防護服を着てもらう。
これは命令だ」

 その言葉に市之助は不服そうな顔をしたが何も言わなかった。

 「防護服を着てまいれ」

 その言葉に市之助は素直に従い、道場を出て行く。

 「えっと、俺はどうすればいいんだ?」

 翼の言葉に奉行は審判役のとん平を顎でしゃくる。
とん平はそれを見て、翼について来いというように目線で合図をして道場を出て行く。
慌てて翼は後を追った。

 とん平は道場を出て、一端外に出る。
そして暫く歩いた後、小屋みたいな建て物に入って行く。
翼もそれに従う。

 小屋の中の壁には棚が並んでおり、その一番奥の棚にある物をとん平は手にとった。

 「この位か・・」

 そう言うと柔道着のような防護服を翼に投げてよこした。

 「着てみろ」

 翼は受け取った防護服を服の上にまとう。
サイズはというと丁度よい。
それとどうやら防護服は新品のようだ。

 「うむ、サイズはよさそうだな、なにか気になるか?」
 「いや、これでいいよ」
 「そうか」

 翼ととん平は道場へと戻った。
道場には既に市之助が防護服を着て待っていた。
翼は道場の隅に正座をして座ると上着を脱ぎ、防護服を着る。
そして立ち上がり道場の真ん中で立って待っていた市之助の側に行く。

 市之助と翼は互いに見つめ合った。

 「ふん、人間、良く逃げなかったな」
 「え? 試合したくないなら止めるけど?」
 「誰がそう言った!」
 「え? 試合したくないから逃げて欲しかったんじゃないの?」
 「バカ野郎! どういう脳みそをしてやがる!」
 「そんな事分かるわけ無いだろう?」
 「へ?」
 「だって自分の頭をかち割って脳みそを取り出して見たことなんてないぞ。
だからどういう脳みそしているかなんてわかんない。
市之助さんはできるんだね、すごいな」

 「ば、バカか!そんな事できるか!」
 「え? できないのに俺ができると思ったの?・・・」

 その言葉に市之助は右手で米神(こめかみ)を押さえた。
その様子を奉行は見て笑っている。

 市之助は心を落ち着かせ翼を(にら)み付ける。
だが、そうするだけで翼に何か言うつもりはないようだ。
お奉行はもういいだろうという感じで二人に声をかけた。

 「さて、試合じゃが、すぐに初めてよいかのう?」

 その言葉に二人は頷いた。

 「試合のルールだが、まぁ先程とほぼ同じだ。
ただ殺気を孕んだ試合でかまわぬ。
防護服の上ならば寸止めも必要は無く、全力で行ってよい。
参ったというか重傷などを負って試合続行不可能となったら試合終了じゃ」

 翼と市之助はその言葉に頷く。

 「審判は・・・、とん平、お前が行え」
 「わ、私ですか!」
 「そうじゃよ、だって儂、シッポが痛いもん」
 「わ、私だって痛いのを我慢しているんです!」
 「そう? 痛いのが我慢できるなら、もう一回できるだろう?」
 「お奉行だってできるでしょ!」
 「痛いのはやだ! お前がやれ、これは命令だ!」
 「ええ~・・、これって、人間がよく言うパワハラなんとかかんとかですよ!」
 「ここは猫又の世界だ、そのパワが腹減ったとかはない、安心せよ」

 とん平はジトリとお奉行の顔を見た。
お奉行は視線を外すと、上座の自分の席にスゴスゴと向かった。
その様子を見て、とん平はため息を吐く。
そして独り言を呟いた。

 「シッポ・・、持つかな」

 そう言って垂れ下がってオマタに挟んだ自分のシッポを悲しそうに見た。
すまじきものは宮使いかな、である。
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