第13話 旅立ち
文字数 2,756文字
翼はユリが居なくなってからも物の怪に対する巡回は行っていた。
「ユリ・・・。」
ポツリと翼は呟 いた。
ユリが忽然 と消えたからといって、物の怪を警戒する巡回を休むわけにはいかない。
いつ新たな物の怪が現れて、人に害をなすかわからないからだ。
だが暮れなずむ春の風景は己の心を反映しているかのようにもの悲しく感じる。
ユリのことを考えると居ても立ってもいられず、その気持ちを抑えるのが辛い。
どうしようもない気持ちを胸の奥底へと押しやって巡回をする。
それに巡回していれば、ユリの知り合いの物の怪と出会えるかもしれない。
もし出会えたらユリの消息もわかるかもしれないという一縷の望み もあった。
しかし・・
ユリの一番の知り合いのユンというカッパは、ユリが消えてから探しても見つからない。
まるでユリと一緒に消えたかのようだ。
陽がとっぷりと暮れて夜の帳 が街を覆 った。
巡回 を止めてそろそろ帰ろうとしたときだ。
川沿いに物の怪の気配が突然に現れた。
翼は物の怪が異界から現れるこの独特の気配に身構 える。
どのような物の怪が出てくるかわからないからだ。
物の怪が現れるときに開く門は、物の怪の種類によらずある気配をあたりに放つ。
もし門が発する気配が危険な物の怪の気配をまとってくれていたら楽に対処ができるのだが世の中はそうは甘くない。
どのような物の怪が出るときでも同じ気配しか出さないのである。
翼は開きかけた門の直ぐ側で、自然体に構えて物の怪が現れるのを待つ。
すると現れたのは・・
「ユン!!」
「ん? お前は・・。」
「ユン! ユリの事を何か知っていないか! ユリが消えたんだ!!」
そう言って翼はユンに飛びつき肩を掴 む。
そして必死な形相 でユンに問いかけたのである。
ユンは翼が肩を揺らすのにまかせ頭をガクガクとさせながら、無表情な顔を翼に向ける。
やがて翼を払いのけた。
軽く払いのけただけなのに翼は数メートル先に吹っ飛ばされた。
翼は両足を踏ん張り、転倒しないように足に力を入れる。
ふと足下を見ると、もといた場所から両足の軌跡が舗装 されていない地面に描かれていた。
「ゴメン・・、手加減を忘れていたわ。」
ユンは無表情でそう呟い た。
翼は困惑した。
自分が知っているユンとは別人のように見えたからだ。
翼は暫く ユンの顔を見た後、ユンに声をかけた。
「ユンだよね?」
「そうだよ。」
「・・・なんか、前と全く違う雰囲気になったね?」
前は色っぽくて明るい雰囲気だったユンが、全く笑わずにまるで能面をかぶったかのようだ。
翼はユンに異変を感じ、頭からつま先へとゆっくりと視線を下げる。
そして息を呑んだ。
「ユン!! 右足をどうしたんだ!」
「・・・・。」
「膝から下が・・・、棒になって・・。
まさか失ったのか! その棒は義足がわりか!」
「そうよ、それがどうしたと言うの?」
「どうしたって・・・。」
「こんなの50年もすれば足は生えてきて治る。大した問題じゃない。」
「大した問題だと俺は思うが・・。」
「お前の問題じゃない。私の問題に口を出すな。」
「そうか・・入らぬ事を言って悪かった。
でもなぜ右足を・・。」
「烏妖 にやられた。」
「烏妖だと! どこでだ!!」
「それを聞いてどうするの?」
「危険な物の怪だ。始末するに決まっているだろう!」
「・・・。」
「烏妖はどこに居るんだ?」
「言う気はないわ、自分で探したらどう?」
「・・何故 、何故教えてくれない?」
「バカなの?
物の怪が自分らの仲間を人間に売るとでも思っているのかしら?」
「!・・・・。」
「それに烏妖は私が始末するわ。」
「え?!」
「何か不満でも?」
「あ・・、いや、そうではないが・・何故?」
「貴方に教える義理はないけど?」
「・・・・。」
ユンがこのことに答える感じがまったくしないため翼は押し黙った。
それに翼と話しているのに、そこに翼が居ないかのように話をしているように感じる。
何かが可笑 しい・・・。
「ユリを探していると言っていたわよね?」
突然のユンの言葉に、ハッと我に返った。
「そうだ、ユリを知らないか?」
「知っているわ。」
「なんだって!!何処 だ、何処にいるんだ!」
「ユリは死んだわ。」
「え!!」
「もう一度言うわね、死んだわよ。」
「そ、そんな・・、う、ウソだ!!」
「・・・・。」
「ユリに、ユリに会わせてくれ!!」
「できないわね、それは。」
「何故 だ!!墓でもなんでもいい、ユリに、ユリのものなら何でもいい!」
「ユリの遺体はないの。いや・・ユリ自体の居場所が分からないからよ。」
「え?! じゃあ死んだというのはウソか!!」
「冷静に私の話しを聞けないの?なら、もうこの話しは止めね。」
「!・・・。」
翼の目は血走っていた。
ユンに冷静になれと言う言葉にハッとする翼だった。
翼は深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
「なぁユン、君が知っているユリの事を話してくれないかな。」
その言葉にユンは一瞬考え込んだ。
そして翼に聞く。
「貴方はユリと番い だと考えてよいのかしら?」
「番い? あ、あああ、そうだね、夫婦になる約束をしている。番いだ。」
「そうか・・。」
ユンは一度目を閉じた。
そしてゆっくりと開くと翼に話し始めた。
「ユリは理由はわからないけど烏妖に目をつけられたの。」
「烏妖に?!」
「そうよ。」
「何故? ユリは烏妖と会ったこともないのに・・。」
「理由は分からないと言ったでしょ。話を最後まで聞けない?
なにか口を挟むならもう話さないわよ。」
「わ、分かった・・・。すまない。」
「分かればいいわ。
ユリが烏妖に狙われていると聞いたのは他の物の怪からよ。
さっき言ったように何故ユリが烏妖に狙われているのかわからないわ。
おそらくユリ自体も理由はわかっていないんじゃないかしら?
私は烏妖がユリを狙っていることを、ユリに知らせるようとしたの。
でも連絡方法が分からなかった。
だから長野駅周辺でユリを探すことにしたの。
人間が集まるから、ユリも来るんじゃないかって。」
「そうか、ありがとうユン。」
「お礼なんていいわ。
でね、私は気がつかなかったけどユリは私を駅前で見つけたみたい。
それで後を追いかけて来たようね。
でもね、そこで不味い ことが起きたの。」
「不味い こと?・・、何が起きたんだ?」
翼の問いかけにユンが話を続ける。
「ユリが不注意に霊波を軽く放ったのよ。
私に自分が側に来たことを気がついて欲しくて、軽い気持ちで行ったのね、たぶん。
その霊波に烏妖が気がついて突然にユリの前に現われたわ。
このままではユリは烏妖に拉致されると思い、私はユリを逃がすため異次元への門を開いてユリと逃げ込んだの。」
その言葉に翼は目を見開いた。
「ユリ・・・。」
ポツリと翼は
ユリが
いつ新たな物の怪が現れて、人に害をなすかわからないからだ。
だが暮れなずむ春の風景は己の心を反映しているかのようにもの悲しく感じる。
ユリのことを考えると居ても立ってもいられず、その気持ちを抑えるのが辛い。
どうしようもない気持ちを胸の奥底へと押しやって巡回をする。
それに巡回していれば、ユリの知り合いの物の怪と出会えるかもしれない。
もし出会えたらユリの消息もわかるかもしれないという
しかし・・
ユリの一番の知り合いのユンというカッパは、ユリが消えてから探しても見つからない。
まるでユリと一緒に消えたかのようだ。
陽がとっぷりと暮れて夜の
川沿いに物の怪の気配が突然に現れた。
翼は物の怪が異界から現れるこの独特の気配に
どのような物の怪が出てくるかわからないからだ。
物の怪が現れるときに開く門は、物の怪の種類によらずある気配をあたりに放つ。
もし門が発する気配が危険な物の怪の気配をまとってくれていたら楽に対処ができるのだが世の中はそうは甘くない。
どのような物の怪が出るときでも同じ気配しか出さないのである。
翼は開きかけた門の直ぐ側で、自然体に構えて物の怪が現れるのを待つ。
すると現れたのは・・
「ユン!!」
「ん? お前は・・。」
「ユン! ユリの事を何か知っていないか! ユリが消えたんだ!!」
そう言って翼はユンに飛びつき肩を
そして必死な
ユンは翼が肩を揺らすのにまかせ頭をガクガクとさせながら、無表情な顔を翼に向ける。
やがて翼を払いのけた。
軽く払いのけただけなのに翼は数メートル先に吹っ飛ばされた。
翼は両足を踏ん張り、転倒しないように足に力を入れる。
ふと足下を見ると、もといた場所から両足の軌跡が
「ゴメン・・、手加減を忘れていたわ。」
ユンは無表情でそう
翼は困惑した。
自分が知っているユンとは別人のように見えたからだ。
翼は
「ユンだよね?」
「そうだよ。」
「・・・なんか、前と全く違う雰囲気になったね?」
前は色っぽくて明るい雰囲気だったユンが、全く笑わずにまるで能面をかぶったかのようだ。
翼はユンに異変を感じ、頭からつま先へとゆっくりと視線を下げる。
そして息を呑んだ。
「ユン!! 右足をどうしたんだ!」
「・・・・。」
「膝から下が・・・、棒になって・・。
まさか失ったのか! その棒は義足がわりか!」
「そうよ、それがどうしたと言うの?」
「どうしたって・・・。」
「こんなの50年もすれば足は生えてきて治る。大した問題じゃない。」
「大した問題だと俺は思うが・・。」
「お前の問題じゃない。私の問題に口を出すな。」
「そうか・・入らぬ事を言って悪かった。
でもなぜ右足を・・。」
「
「烏妖だと! どこでだ!!」
「それを聞いてどうするの?」
「危険な物の怪だ。始末するに決まっているだろう!」
「・・・。」
「烏妖はどこに居るんだ?」
「言う気はないわ、自分で探したらどう?」
「・・
「バカなの?
物の怪が自分らの仲間を人間に売るとでも思っているのかしら?」
「!・・・・。」
「それに烏妖は私が始末するわ。」
「え?!」
「何か不満でも?」
「あ・・、いや、そうではないが・・何故?」
「貴方に教える義理はないけど?」
「・・・・。」
ユンがこのことに答える感じがまったくしないため翼は押し黙った。
それに翼と話しているのに、そこに翼が居ないかのように話をしているように感じる。
何かが
「ユリを探していると言っていたわよね?」
突然のユンの言葉に、ハッと我に返った。
「そうだ、ユリを知らないか?」
「知っているわ。」
「なんだって!!
「ユリは死んだわ。」
「え!!」
「もう一度言うわね、死んだわよ。」
「そ、そんな・・、う、ウソだ!!」
「・・・・。」
「ユリに、ユリに会わせてくれ!!」
「できないわね、それは。」
「
「ユリの遺体はないの。いや・・ユリ自体の居場所が分からないからよ。」
「え?! じゃあ死んだというのはウソか!!」
「冷静に私の話しを聞けないの?なら、もうこの話しは止めね。」
「!・・・。」
翼の目は血走っていた。
ユンに冷静になれと言う言葉にハッとする翼だった。
翼は深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
「なぁユン、君が知っているユリの事を話してくれないかな。」
その言葉にユンは一瞬考え込んだ。
そして翼に聞く。
「貴方はユリと
「番い? あ、あああ、そうだね、夫婦になる約束をしている。番いだ。」
「そうか・・。」
ユンは一度目を閉じた。
そしてゆっくりと開くと翼に話し始めた。
「ユリは理由はわからないけど烏妖に目をつけられたの。」
「烏妖に?!」
「そうよ。」
「何故? ユリは烏妖と会ったこともないのに・・。」
「理由は分からないと言ったでしょ。話を最後まで聞けない?
なにか口を挟むならもう話さないわよ。」
「わ、分かった・・・。すまない。」
「分かればいいわ。
ユリが烏妖に狙われていると聞いたのは他の物の怪からよ。
さっき言ったように何故ユリが烏妖に狙われているのかわからないわ。
おそらくユリ自体も理由はわかっていないんじゃないかしら?
私は烏妖がユリを狙っていることを、ユリに知らせるようとしたの。
でも連絡方法が分からなかった。
だから長野駅周辺でユリを探すことにしたの。
人間が集まるから、ユリも来るんじゃないかって。」
「そうか、ありがとうユン。」
「お礼なんていいわ。
でね、私は気がつかなかったけどユリは私を駅前で見つけたみたい。
それで後を追いかけて来たようね。
でもね、そこで
「
翼の問いかけにユンが話を続ける。
「ユリが不注意に霊波を軽く放ったのよ。
私に自分が側に来たことを気がついて欲しくて、軽い気持ちで行ったのね、たぶん。
その霊波に烏妖が気がついて突然にユリの前に現われたわ。
このままではユリは烏妖に拉致されると思い、私はユリを逃がすため異次元への門を開いてユリと逃げ込んだの。」
その言葉に翼は目を見開いた。