第4話 翼の両親 その3

文字数 2,870文字

 翼とユリはリビングにいた。
玄関で両親と言い合ってもしかたがないので、リビングへと翼は両親を連行したのである。
翼の横にユリ、そして正面に両親が座わっている。

 目の前には()れたてだったコーヒーがある。
香ばしく熱々であったものだ。
だが、目の前にあるコーヒーはホットでもアイスコーヒーでもない。
冷め切ったコーヒーである。
だれも口をつけることなく放置プレイをされたのだ。

 ユリを紹介するだけで、こんなにも時間がかかるとは翼は思っていなかった。
つまり・・、ユリを両親に紹介するだけでこれほど時間を要しているわけである。
結婚していいよね?、というステップまで至っていないのだ。

 放心状態にある両親を見て翼は小さなため息をついた。
翼の父・(ひとし)が口を開いた。

 「翼、私の目の前にお前が結婚をしたいと言う娘さんが見えているのだが・・。
私は夢を見ているんだよな?」

 「いや、夢じゃないし、起きているけど?」

 「翼、私、今日、お前が結婚相手を連れて来たよと言う幻聴(げんちょう)を聞いたわ。」

 「・・・・幻聴じゃないよ、母さん。」

 翼の言葉に両親はゆるゆると顔を見合わせた。
しばらく考え込んでいた均が突然に ポン! と手を打った。

 「分かった!
私はコロナに感染したようだ・・。
それで微熱を出して、有り得ない夢をみているんだ。
お前が結婚したいと女性をつれてきたという夢を。
よし、目を覚まそう!
母さん、ちょっと私の(ほほ)をつねってくれないか?」

 翼の母・(しず)(ひとし)の頬をつねった。

 「い、痛い!」
 「え、痛いの! ウソ! お父さん、私の頬もつねってちょうだい!」
 「そ、そうだな、お前も夢を見ているかもしれんしな、では・・。」

 「い、痛い! これって夢じゃないわ!!」
 「え! そうか?! そうなのか!」

 それを見ていた翼は、深いため息をついた。

 「父さん、母さん、いい加減に現実を受け入れたら?」

 その言葉に両親は顔を見合わせた。

 「だって、ね~・・、お父さん。」
 「そうだよな~、母さん・・。」
 「でも・・、これが夢でないとしたならば・・。」
 「そうよね、お父さん・・。」

 両親は再び向き合った後、ユリに視線を向けた。
均がユリに問いかける。

 「あの、お嬢さん、君が翼と結婚したいというのは本当かね?」
 「え? あ、はい。」
 「早まったことをしたのでは?、と、私は思うのだが・・。」
 「え?!」

 「あなたみたいな美人が、よりによって愚息(ぐそく)の恋人になるなん・・・。
青天の霹靂(せいてんのへきれき)、天変地異みたいなものだ。
ノストラダムスでも予言さえできないと思うのだよ。
いいかい、息子は女性とつきあったこともない唐変木(とうへんぼく)だ。
変人なんだよ。
こんなのを伴侶(はんりょ)に選んでいいのかね?」

 「そうよ、今のうちよ、別れるなら。」

 「父さん! 母さん! な、なんてことを!」

 「だってなぁ、こんなに綺麗(きれい)なお嬢さんだぞ?
誰がどう見てもお前には不釣り合い(ふつりあい)にしか見えん。
だが、父親としては、『でかした!』と言いたいよ。
しかしなぁ・・、女気(おんなけ)がないお前は一生結婚しないと思っていたからなぁ。
それが突然にお前では想像もつかないお嬢さんを連れて来て結婚したいなんて・・。
なぁ、母さんや。」

 「そうね・・。
私は翼に結婚して早く幸せな家庭を築いて欲しかったのよ。
孫の顔をみたかったし・・。
けど、そのために他人様を不幸にするなんてできないわよ?」

 「母さん! 何で俺がユリさんを不幸にさせることが前提なんだよ!」

 「そうは言ってもねぇ、父さん・・。」
 「そうだよね、母さん・・・。」

 「あのう・・・。」
 「何かね、お嬢さん?」

 「自己紹介が遅れてすみません、(さかき)ユリと申します。」

 「あっ!え、そうだったね、自己紹介がまだだったか・・、すまない。
翼の父、(ひとし)です。」

 「母の(しず)です。」

 「あの・・、私では翼くんの妻とし不足なのでしょうか?」
 「「え?」」

 翼の両親はユリの言葉に一瞬呆気(あっけ)にとられた。

 「先程から私が結婚を辞退するように(おっしゃ)っておりますので・・。」
 
 「あ、いや、そうじゃない。
君なら諸手を挙げ(もろてをあげ)て賛成だよ。
翼と一緒になって欲しいと思うよ。」

 「ええ、私もそう思いますよ。」

 「では、何故?」

 「いやね、愚息(ぐそく)にはもったいなさすぎる。
そう思っただけなんだよ・・。」

 「そうよ。私もお父さんもそれが正直な気持ちよ。」

 「もったいななんて、そんな・・・。
私が翼くんと結婚したいんです。」

 そう言ってユリは顔を赤くする。
その様子を見て、翼の両親は顔を見合わせた。
その直後、(しず)が突然に前のめりになりユリに話しかけた。

 「本当なの!!」
 「え?! あ、はい・・。」

 「ええええ! そうなのか!」

 (ひとし)も前のめりになる。
ユリは二人のあまりの勢いに、後ろにのけぞりながら答える。

 「は・、はい!」

 「結婚せざるをえないような状況に置かれたとかではないんだね!」
 「え?! あ、はい。」
 「本当に、こんな人がいいだけの愚息でいいのね!」
 「ええっと、はい。」

 「あ、あのね、父さん、母さん、さっきから何だよ!」
 「何って・・、ねぇお父さん。」
 「うむ、そうだぞ、翼。」

 「あのさぁ、俺が彼女を無理矢理に婚約者にできると思う?」
 「ああ、それは、できないだろうな、ヘタレのお前だもの。」
 「じゃあ何なんだよ!」

 「いや、あまりに突然なことでな、現実感がないんだよ。
これが夢なら納得できる。
だが現実となるとなぁ~・・。
だが、現実なら嬉しいぞ、現実ならな。」

 「そうよね、お父さん。」

 「だから、これは現実なの! 素直に喜べよ!!」

 「分かった、喜ぼう・・かな?」
 「何故、疑問系なんだよ!」
 「翼、孫は何時見れるのかしら?」

 「母さん、何いってんの! 婚約したいと報告に来たんだよ今日。
結婚もしてないのに孫の話は早くない?」

 「あらそう? でも今は出来ちゃった結婚とかあるじゃないの?」

 「で、ででででで、出来ちゃった結婚?!!!!」

 ユリが思わずさけんだ。

 「え? だってユリさん、あなた翼と口づけしたんでしょ?
だったら子供ができちゃうわよ?」

 「母さん! 口づけだけでできたら日本の人口は100億を超えてるよ!」
 「え?」
 「え、じゃない!」
 「あらあら? まぁまぁ・・。」

 「はぁ~・・、まぁいいか・・。
父さん、母さん、ユリさんが僕と合意の上で結婚したいというのは理解してくれた?」

 翼の両親はそれを聞いて、また互いに顔を見合わせた。
そして・・。

 「そうだな、さっき頬をつねっていたかったからな、現実なんだろうな。」
 「そうね。」
 「やっと分かってくれたんだね、で、結婚を認めてくれるんだよね?」

 「ユリさんが(だま)されていなければな。」
 「そうだわよ、ユリさん。」
 「え?! あ、はい! 私は翼くんと結婚したいんです!」
 「ありがとうユリさん。さっきは済まなかったね。」
 「こんな美人な娘ができるなんて・・、母親として幸せよ。」

 「あのさぁ、父さん、母さん、俺ってそんなに信用ないの?」

 このように順調に(?)、翼とユリの結婚したい宣言を両親は喜んでくれたのであった。
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