第37話 ユン、烏妖と対峙する

文字数 2,954文字

 話しは少し(さかのぼ)る。
烏妖(うよう)が異空間でユン達に追いつき、ユリが異空間に放り出された直後の事だ。

 烏妖は遠ざかるユリを捕まえるのを(あきら)めた。
ユリを捕まえようとすると、河童(かっぱ)のユンが邪魔をするからだ。
ユリを捕まえるにはユンを排除しなければならい。
しかしユンの排除をしている間に、ユリは異空間の彼方(かなた)に消えてしまう。
それほどユリが遠ざかる速度は加速度的に上がっていたのである。

 烏妖は自分から遠ざかっていくユリを(にら)みつけ舌打ち(したうち)をした。

 「ちっ! 運が()い人間め!」

 その言葉にユンが()みつく。

 「運がいいだと! 
この異空間で放り出された人間がどうなるか知っているでしょ!」

 「ああ、知っているさ。
異空間を出入りする(すべ)を持っていない人間の末路はな。
永遠に異空間を彷徨(さまよ)う事にだろうさ。
(もろ)い人間など、異空間でそうはもつまい。
それが可愛(かわい)そうと思うなら、良い方法があるぞ?」

 「え?!」
 「俺があの人間を捕まえるてやる。良い案であろう?」

 「そんな事、させるわけないでしょ!
あんたになんかに捕まったら、あの人間はただでは済まないでしょが!」

 「だから何だ?
いったいお前は何なんだ?
なぜ俺から人間なんぞ逃がそうとする?
人間がどうなろうと、物の怪のお前には関係あるまい?
それともお前があの人間を俺から助けると、何かメリットがあるとでもいうのか?
なぜあの人間に肩入れ(かたいれ)をする理由は何だ?」

 「あんたに話したとて、あんたの頭では分からないわよ。
それに理由などそもそもあんたに話す筋合(すじあ)いはないわ」

 そう言ってユンは鼻で笑った。
烏妖は目を細め、ユンに警告をするかのようにもう一度聞く。

 「河童(かっぱ)、もう一度だけ聞く。あの人間に何故(なぜ)肩入れをする?」

 「おや? 今度は警告かしら?
脅せば誰でもあなたに従うなんて思っているのかしら。」

 「・・・・」

 「それに、あんた礼儀をしらない物の怪ね。
人に質問するなら、まずお前が何故あの人間を捕まえようとしたのか説明すべきじゃない?」

 烏妖は、(わず)かに口角(こうかく)を上げた。
それを見たユンはゾワリとし顔を(こわ)ばらせた。
ユンのその顔を楽しむかのように見ながら、烏妖はゆっくりとした口調で話し始めた。

 「知りたいのか、俺があの人間を捕まえようとする理由を?」
 「!」
 「どうした?知りたくないのか?」
 「っ・・、し、知りたいわよ!」
 「よかろう、教えてやろう」

 そう答えた烏妖の声はぞっとするほど冷たく、ユンの背筋に悪寒(おかん)が走る。
烏妖が理由を話す意味が、嫌でも分かったからだ。
烏妖は自分を始末する気だ、と。
どうせ始末するんだから、教えてやろうという気になったのだろう・・。
教えた後、痛ぶるつもりでいるのが透けて見える。

 ユンは烏妖の邪魔をしてユリを助けようとした時、こうなるかもしれないと覚悟はしていた。
その想定がまさに現実になろうとしている。
その事に、ユンは恐怖を感じた。

 烏妖はユンが恐怖しているその様子を楽しんでいるかのように、目を細めてニヤリと笑った。

 「どうした?
なぜ後退(あとず)さっておる?
知りたいのであろう?
知りたいと言っておきながら、なぜ逃げようと身構える?
知りたいのに後退るのは可笑しいであろう?」

 「っ!・・・」

 ユンは烏妖の言葉に硬直した。
無意識に自分が後退っている事に、その言葉で気がついたのだ。

 ユンが後退るのをやめると、烏妖は笑みを深めた。
そしてゆっくりと言い聞かせるかのように話し始めた。

 「あの人間はな、退治屋を釣るための(えさ)だ」
 「餌?・・」

 「そうだ、餌だ。
俺は退治屋に用があり探しているが、居場所がどうしてもわからん。
そこであの人間だ。
あの人間は退治屋とつるんでおることが分かった。
だからあの人間が現われそうな場所を監視していたら現れたというわけだ。
後はあの人間を捕まえて痛ぶって退治屋の居場所を吐かせればよい。
だがあの人間も

退

をやっておる。
そうは簡単に吐くまい。
痛ぶった後で、退治屋をおびき寄せる餌に使うつもりだったのさ」

 それを聞いてユンは烏妖が必要にユリを探し回っていた理由を理解した。
しかし理解したものの、どうもおかしい。
狡猾で自分の安全を第一とする烏妖だ。
そんな奴が、自分でさえ退治していまう危険な退治屋を態々(わざわざ)探すだろうか?

 退治屋の住処を知って、不意を襲うつもりか?
いや・・、話しの流れからそうではないだろう・・。

 ならば何故、危険をかえりみず、退治屋に接触しようとしている?

 その事を考えながら、ユンは烏妖を中心にしてじわじわと弧を描くように動く。
その弧は烏妖から距離を離そうとせず、一定の距離を保つかのようだ。

 烏妖はユンのその動きを目だけで追うだけで何もしようとはしない。
ユンが何をしようとも簡単に対処できるという自信があるのであろう。

 ユンはじわじわと動きながら、烏妖に問いかけた。

 「分からないわね・・」
 「ん? 何がだ?」

 「いったい何故(なぜ)退治屋を釣る必要があるのかしら?
お前は退治屋とやり合うつもり?
退治屋に勝てる自信があるのかしら?
だとしたら、ずいぶんと自分の力を過信しているんじゃない?」

 「はははははは、これは面白(おもしろ)い!」
 「・・・何が面白いのかしら?」
 「おれは烏妖だぞ?」
 「だから何よ?」

 「退治屋など相手にするわけがないだろう?」
 「え?」
 「俺は退治屋の居場所が分かったら知らすだけだ」

 そうユンに答えた直後、烏妖は突然に口を塞いだ。
ユンには烏妖が急に押し黙った理由が分からなかった。
だがユンはすぐに気がついた。
烏妖は調子に乗りすぎて(しゃべ)りすぎたのだと。
おそらくユンに対して絶対的優位にあるため気が緩んだのだ。

 ユンは烏妖が話した内容を考える。
烏妖はプライドが高く狡猾(こうかつ)な物の怪だ。
それを今、自分でも認めて話すほどだ。
そして烏妖はけっして他の物の怪になどには従わない。

 だが・・・

 先程の話しでは、まるで他の物の怪に退治屋の居所を探って話すために奔走しているかのようだ。

 ユンはその事に気がつき、ニヤリと笑う。

 「ああ、成る程ね~・・」

 「河童、何が成る程だ?
いったい何をニヤけてやがる。
もう一度、恐怖の顔に戻してやろうか?」

 「いや、それは御免だね。
それにしても、気高き(けだかき)烏妖様ともあろうものがね~・・・」

 「河童! 何が言いたい!」

 「たいした意味はないわよ、そんなに怒らなくてもいいじゃん?
ただ他の物の怪様に命令されて、退治屋を探しているその殊勝(しゅしょう)さに感心しただけよ。
まさか他の物の怪の手足となり働くなんて、なんてご立派な事かと。
さすがは烏妖様よね」

 揶揄(やゆ)されて烏妖の顔付きが変わった。

 「そんな口をきいていいのか?
少しでも長生きしたければ口のききかたに気をつけたらどうだ?
それとも死にたくなったのか?
それならばご希望に添うとするか・・。
どうせ人間に肩入れするような奴は始末するつもりだったしな。
そして喜ぶがいい。
今の余計な一言で、お前を簡単に死なせる気が無くなった事にな」

 「あら、紳士ならば女性に優しくするものよ?
これだから野卑な烏妖は嫌われるのよ」

 ユンは烏妖を(あお)りにあおった。
危険な烏妖を煽るなど、愚の骨頂である。

 烏妖はぞっとするほどの冷たい顔付きになり、ユンを(にら)み付けた。

 「覚悟はいいか?」
 「覚悟なんて・」

 ユンが言い終わる前に、烏妖が突然消えた。
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