第60話 奉行所 その6

文字数 2,824文字

ユリは奉行から呼び出された。

 「お奉行様、何か御用でしょうか?」
 「うむ、烏妖(うよう)の件じゃ」
 「烏妖?! 私を追いかけてきたあの烏妖ですか?」
 「そうじゃ」
 
 ユリは思わず身構え(みまがえ)た。
もしかして烏妖が自分を捜しており、奉行所が自分を匿う(かくまう)のは不味い(まずい)と考えたのかと。
ならば自分はここを出て行くしかない。
そう思い、口を開こうとした。
だが、その前に奉行が口を開く。

 「ユリ、其方(そなた)、何か勘違い(かんちがい)をしておるな?」
 「勘違い、ですか?」
 「うむ」

 「烏妖が私を捜しており、奉行所としては私をここに置いておくのは不味いというお話ではないのですか?」

 「違うぞ」
 「・・・・」

 ユリは困惑した。
烏妖は悪知恵が働く上にかなり凶暴でしかも強い。
失礼だが奉行所、つまり猫又では簡単には烏妖に対処できない。
おそらく重軽傷者を多数出すことになる。
あるいは消されるモノがいても不思議ではないという事だ・・・。

 「烏妖じゃがな、もうこの世にはおらん」
 「え?! 居ない?」
 「そうじゃ、煙となって消え去った」
 「奉行所が退治したのですか!」
 「いや、そうではない、彼奴(あやつ)妖狼(ようろう)により消された」
 「妖狼ですって!!」

 「そうじゃ、まぁ、妖狼と聞けば反応はそうなるわな。
お前ではたぶん相手になるまいからのう。
おそらく人間の退治屋でも苦心する相手であろうよ」

 「何故に妖狼が烏妖を消したのですか?」
 「うむ、まぁ、お前に関わる事じゃ、教えてもよかろう」

 そう言って、奉行が妖狼が何故ユリを捜しているのかを説明した。
すべてを聞き終わったユリは、納得をした。

 「まぁそういう訳でじゃ、烏妖がお前を付け狙うことはなくなった。
とはいえ妖狼がおる。
じゃが妖狼はお前の名前は知っているようじゃが、それ以外は知らぬようだ。
烏妖が居ない今、他の物の怪がお前を捜しているであろう。
しかし烏妖ほど狡猾(こうかつ)で頭がよい物の怪はそうはおらぬ。
つまり人間界にお前が戻っても当面は大丈夫じゃろう」

 「そうですか・・、烏妖の件が片づいたとなると私はどうなるのでしょうか?」
 「ん?」
 「異次元空間へ追放でしょうか?」
 「お前、河童(かっぱ)の村に行きたいのではないのか?」
 「え?! ええ・・、行きたいと思っておりますが・・・」
 「ならば今暫く(しばらく)ここに居れば、もしかしたら行けるかもしれぬぞ?」
 「え?・・」

 「今、慎重(しんちょう)に河童の村に探りを入れておる」
 「え? 本当に調べて下さっていたんですか?」

 「ああ、だがな閉鎖的な河童どもだ。
もし、お前が友人だと言っておる河童が彼奴(あやつ)らの村に居たとしてもだ・・・。
人間であるお前を奉行所が勝手につれていけば、奉行所に不信感を持たれぬとは限らぬ。
この意味がわかるか?」

 「・・・はい。
でも、(よろ)しかったのですか、私のために河童の村の調査などして?」

 「良いに決まっておろう?
これほど面白いことはないからのう。
河童どもがどのような反応を示すか楽しみじゃわい」

 その言葉にユリはおもわず口をポカンと開けてしまった。
そして思うのである。

 そうだった、猫又は面白いと思うと首を突っ込む(たち)の悪い物の怪(もののけ)だったと。
でも、そのお陰で河童の里にいけるかもしれない。

 ユリは奉行に深々と頭を下げた。

 「お奉行の取り計らい、有り難うございます」
 「礼には及ばぬ。今一度言う、河童の村にいけるという保証はない」
 「それでもご足労(そくろう)をおかけしております、有り難うございます」
 「うむ・・、今暫くここに居れ」
 「はい、有り難うございます」

 ユリは再び頭を下げた。

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 その頃、人間界において妖狼はというと・・。

 「この無能が!!」

 そう言って妖狼は左手を払う。
それと同時に妖狼に怒鳴られた物の怪が黒い煙となって消えた。

 その様子を遠巻きに見ていた物の怪たちは一歩後退る(あとずさる)
これで何匹目であろう・・。
妖狼にユリを捜せと命を受け、結局ユリの名前以外分からずじまいで進展の無いという報告をして消された物の怪は。

 「ええい! こんな事ならあの烏妖を消すべきではなかった!」

 そう言って妖狼は手を握りしめる。
妖狼は烏妖らの頭の良さは分かっていた。
だがあまりの進展の無い報告につい烏妖を消してしまった事を後悔していた。
まさか烏妖以外の物の怪がこんなに役に立たないとは思っていなかったのだ。

 妖狼は苦い顔をし、そして回りの物の怪に命令をした。

 「誰ぞ、烏妖の村に行き別の烏妖を招集して来い!」

 その言葉に回りの物の怪たちが後退る。
妖狼はその様子に、ギロリと回りを睨め(ねめ)つける。
だが回りの物の怪にしたらたまったものではない。

 なにせあの烏妖たちだ。
下手に近づけばろくな事がない。
つまり妖狼に消されるか、妖狼に消されるか選べといわれているようなものである。

 「この腰抜けどもが!」

 そう言って妖狼は右手を軽く振った。
それにより妖狼の右手方向に居た物の怪数匹が黒い煙となって消えた。
消された物の怪にとってはとんでもない

である。
物の怪たちはさらに後退(あとじさ)る。

 業を煮や(ごうをにや)した妖狼は回りを(にら)むと怒鳴った。

 「もういい!!
お前ら全員だ!
全員でユリという人間を捜せ!
妖狼の村には儂が行く!」

 そう言うと妖狼はその場を去った。
残された物の怪達は、ヘタリと腰を抜かした。

 「なぁ、思うんだが妖狼さまはなんで自分でユリとかいう人間を捜さないんだ?」

 腰を抜かして立てぬ物の怪が同様に腰を抜かしている隣の物の怪に素朴な疑問を投げかけた。

 「なんだお前、知らんのか?」
 「?」
 「妖狼様はな、人間が大っ嫌いなんだ。
だからもし人間の里に行った場合、無意識でその村の人間全てを消し去ってしまう」

 「それなら意識して人間を消さないようにすればいいじゃないか?」
 「いや、それも無理らしい。
妖狼様が自制をしても、人間は妖狼様を見ただけで恐怖で心が(こわ)れてしまう。
正気をなくした人間などに尋問(じんもん)などしようがない。
まぁ、俺らでも今このように腰を抜かしているんだぜ?
人間が心を壊すのは無理からぬことだろうさ」

 「なるほどな・・」

 そう言った物の怪二匹は烏妖の事を考えた。
あの妖狼が押しかけて、烏妖らは平気でいられるのかと・・・。

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 妖狼は烏妖の村へと向かっていた。
やがて村へと辿り着く。
だが、その村には誰もいなかった。

 そう・・、その村は捨てられたのだ。

 ユリを捜すように命令された烏妖が妖狼に消された日に既に烏妖らは村を捨てたからだ。
烏妖は狡猾(こうかつ)であるが、同時に細心の注意を払う物の怪だ。
リスクを常に考えて集団で行動をしている。

 そのため、妖狼に消された烏妖とは別の烏妖が必ず一匹、妖狼の招集した会合を遠くから見守っていたのである。
そして同胞である烏妖が妖狼の手により抹殺された。
これにより烏妖らは妖狼との関わりを一切絶った(いっさいたった)のである。
このため妖狼は二度と烏妖と会うことはなかった。

 妖狼は情報収集にたけた人材、いや、物の怪を失ったのである。
ユリにとっては幸運な事であった。
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