第75話 再会 その2
文字数 3,350文字
お奉行の執務室の前まで案内役の猫又はユリを連れて来た。
そして部屋の前の廊下で猫又は座ったので、ユリもそれに倣 う。
ユリが座ったのを確認すると、猫又は部屋に向かって訪 う。
「お奉行様、ユリ様をお連れ致しました」
「うむ」
お奉行の返事を聞くと猫又は襖 をゆっくりと開けて土下座をした。
ユリもそれに倣う。
お奉行は開いた襖の隙間から二人を確認し声をかけた。
「ユリ、入りなさい」
その言葉に従い、ユリは立ち上がって部屋に入った。
案内してきた猫又は部屋に入らずに襖をそっと閉める。
ユリはここでの作法 に従い、目上の者、つまりお奉行を直視しないよう下を向いて行動をしていた。
部屋に入って畳みの縁を踏まないよう歩み を進めると、お奉行以外の者が目の片隅に入り驚いて立ち止まって顔を上げてしまった。
部屋にいるのはお奉行だけだと思っていたからだ。
そのモノはお奉行と向かいあい、こちらに背を向け座っていた。
人? え? どうして此処 に人が?
そう思った瞬間、ユリは目を大きく見開く。
「えっ!!」
小さく叫んだユリの心臓が、ドキンと跳ね上がった。
見覚えのある後ろ姿だったからだ。
見間違えるはずがない。
気持ちがはやり、その背中に声をかけようとしたが声が出ない。
口はただパクパクと開いたり閉じたりするだけだった。
やがてユリの目が潤 み、一滴 の涙となりそれが頬 を伝って畳みへポタリと落ちた。
それを合図にするかのように涙が溢 れ出す。
閉じたユリの唇が小刻みに震えた。
嗚咽 を堪 えようと、口を堅 く結 んだからだ。
無意識に立ちつくしていた右足が半歩出た。
そして少し間を置いて左足が半歩前に出し、そこで止まった。
やがてユリはユックリと歩 きだし、それが早足となり、その背中に飛びついた。
飛びつかれた反動で、背を向けていた物はやや前に倒れはしたが、しっかりとユリを支えた。
そして前を向いたままユリに声をかけたのである。
「やぁ、ユリ、待ったかい?」
ノホホンとした声とともに、翼はユックリとユリへと振り向いた。
ユリは嗚咽を堪 えて、それに答える。
「遅いわよ、お迎えが・・・。
あまりに遅いから、浮気しちゃおうかと思ったわ・・よ」
「そりゃあ、困る、浮気なんかされては。
・・・悪かったね、遅れて。
でも、浮気をする前に来られて良かったよ、ユリ」
そう言って翼は唇を強く噛んだ。
泣くのをなんとか堪 えようとしたのだ。
だがそれは無意味だった。
涙が頬をつたう。
翼はクルリと向きを変え、ユリを抱きしめると口を開いた
「あ、会い・・会いたかったよユリ」
その声は震 えていた。
ユリは首を小刻み に何度も縦に振り、それに答える。
私もよ! と答えたかったが声にならない。
二人は互いを求めるかのように抱き合った。
やがて相手が夢では無く本当に此処 にいるのか確認するかのように、相手の頬を触ったり、あるいは頭をなで、見つめ合い、そしてまた抱き合う。
お奉行は何も言わずに、その様子を見ぬ振りをする。
まるでそこに自分がいないかのように。
やがて翼とユリは落ち着き、はっとした。
そして互いに顔を赤くし、翼が奉行へと向き直った。
ユリもそれに習い、翼の隣に座る。
お奉行は二人が落ち着いたのを見て口を開いた。
「よかったなユリ、番 いがここまで迎 えにきて。
愛されているようでなによりじゃよ」
「はい! ありがとう御座 います。
おかげさまで翼、いえ、主人と会うことができました」
そう言うとまた涙が溢 れてきた。
翼はそれを見て、あわててポケットからハンカチを出す。
それをユリに手渡した。
ユリはそれを受け取り、翼と目を合わせ微笑 んだ。
お奉行はその様子を見てゴホン!と一つ咳をする。
「ん?お奉行様、風邪 か? 早く休んだ方がいいよ」
「だぁれが風邪だ!」
「え?違うの?」
「儂 は鍛 えておるので、風邪などひかん」
「ああ、俗 に言う年寄り の冷や水 的な無駄 な努力?」
「だぁれが年寄りじゃ!」
「俺から見たら年寄りでしょ? お奉行様、人間で言うと何歳?」
「ううむぅ・・・、まぁ、人から見ればそうかもしれぬが・・」
「でしょう? 年寄りじゃん」
「お前なぁ、それを言うなら老人を敬 まったらどうだ?
ましてや儂はこの奉行所で最高権力者じゃぞ?」
「え? 敬っているでしょ、ちゃんとお奉行に様を付けてお奉行様と呼んでいるでしょ?」
「バカもん! それは年寄り云々 ではなく権力者に対する礼儀だ!
巫山戯 ているのか、お前は!
まぁよい、お前に何か言っても馬の耳に念仏、猿に話すようなものだからな」
「え? 猿? 俺、人間だけど」
「ユリが来る前に話しておった話しの続きじゃがのう・・。
お前にこれを渡しておく」
そう言ってお奉行は胡桃 ほどの大きさの鈴を出す。
翼はそれを見ながら、話しをぶり返す。
「なぁ、俺、猿でなく人間」
「その鈴はお前が人間界に戻ってから、こちらから連絡があるときにそれを鳴らす。
肌身離さずに持っておれ」
「あのさぁ、俺、人間なんだけど・・?
はぁ~・・・もういいや、これ聞く気ないでしょ。」
「そうか、よいのか、ならよかろう」
「はぁ~!! 良くねぇよ! ないけど聞かんでしょうが!」
「分かっておるではないか」
「もういいや、で、その鈴が鳴ったらどうすればいい?」
「鈴がなったらお前の直ぐ側に異次元空間への入り口があらわれる。
そこから使いの猫又が姿を現すので、間違って攻撃などしないようにな」
「え? でもどうやって俺の居場所がわかるんだよ。
俺、これでも結構忙 しいし、何時 も家にはいないぞ?」
「鈴がお前の位置を教えてくれるので、どこにいようと心配はいらん」
「そうなの?」
「よいか鈴は四六時中携帯 しろよ?
そうでないと鈴を鳴らしてもお前は気がつかず、そこに儂の使いが突然現れる事になる。
お前がそれに驚いて攻撃なぞすれば、儂はお前と全面戦争をする事となるぞ」
「えええええ! せ、戦争?」
「当たり前じゃ、伝令のための無防備の部下に攻撃を加えるのじゃからな」
「で、でもさぁ、鈴無くしたらどうすんだよ」
「無くすなバカ者!」
「いや、万が一にも無くさないとは言えないし」
「それなら無くさないように、いつも首につけておれ!」
「え?!」
「ネコでも付けておろうが、首輪 を。
ネコでもできるのだから、お前にも出来よう?
それともお前はネコ以下か?」
「ネコと一緒にすんなよ!」
「いや、ネコ以下だと言ったのだが?」
「怒るぞ!」
「お前がそれで怒るのか? わしら猫又をネコと一緒にするお前が?」
「うぐっ!・・、そ、そうか、猫又がネコと一緒にすると怒る理由がわかったよ」
「分かればよい。無くすのが心配ならそれを首に付けておれ」
「・・・分かった、無くさないようにするが首には付けん」
「それは残念じゃよ。結構、お前の首にその鈴は似合いそうだがな?」
「だぁれが好んで鈴など首につけるか!」
「ユリは付けて外出しておるぞ?」
そう言われ翼は隣に座るユリを見た。
よく見ると鈴を首についている。
その様子を見て、翼は目を見開いて無言になった。
ユリはその様子を見て、戸惑 い声をかける。
「え?! どうしたの翼?」
「・・・かわいい」
「へ?」
「それでネコの付け耳をして、エプロンしたら最高だよ、ユリ!
可愛 い、最高、うん、いい、すごくいい!」
「か、可愛い?・・、え? あ、えっと、あの、その・・」
ユリは顔を真っ赤にし俯 く。
翼はキラキラした瞳 でユリを見つめ瞬 きさえしない。
ただ首にかわいい鈴をしている姿が可愛いというのはわかる。
だが猫耳を付け、さらにはエプロンを所望するのはどうかと思う。
まぁ、裸 エプロンを所望しないだけましなのかもしれないが・・。
ちなみに男にとっては裸エプロンは新婚生活において憧 れる難度の高い要望らしい。
そんな二人の様子に、お奉行は呆 れて怒鳴った。
「お前ら、儂の前で惚気 るのはやめぃ!
帰ってからにせぬか!
よいか、儂は忙しくて家に帰れておらぬのだぞ!
儂も妻に会ってだな・・・、い、いや、そ、それは置いといてだ・・。
ともかく儂の前で惚気るな、このバカップルが!!」
そう言い切った時、怒 り(?)でお奉行のシッポが立っていた。
ブワリと膨 らみ、まるで狸 の尻尾 のようであった。
そして部屋の前の廊下で猫又は座ったので、ユリもそれに
ユリが座ったのを確認すると、猫又は部屋に向かって
「お奉行様、ユリ様をお連れ致しました」
「うむ」
お奉行の返事を聞くと猫又は
ユリもそれに倣う。
お奉行は開いた襖の隙間から二人を確認し声をかけた。
「ユリ、入りなさい」
その言葉に従い、ユリは立ち上がって部屋に入った。
案内してきた猫又は部屋に入らずに襖をそっと閉める。
ユリはここでの
部屋に入って畳みの縁を踏まないよう
部屋にいるのはお奉行だけだと思っていたからだ。
そのモノはお奉行と向かいあい、こちらに背を向け座っていた。
人? え? どうして
そう思った瞬間、ユリは目を大きく見開く。
「えっ!!」
小さく叫んだユリの心臓が、ドキンと跳ね上がった。
見覚えのある後ろ姿だったからだ。
見間違えるはずがない。
気持ちがはやり、その背中に声をかけようとしたが声が出ない。
口はただパクパクと開いたり閉じたりするだけだった。
やがてユリの目が
それを合図にするかのように涙が
閉じたユリの唇が小刻みに震えた。
無意識に立ちつくしていた右足が半歩出た。
そして少し間を置いて左足が半歩前に出し、そこで止まった。
やがてユリはユックリと
飛びつかれた反動で、背を向けていた物はやや前に倒れはしたが、しっかりとユリを支えた。
そして前を向いたままユリに声をかけたのである。
「やぁ、ユリ、待ったかい?」
ノホホンとした声とともに、翼はユックリとユリへと振り向いた。
ユリは嗚咽を
「遅いわよ、お迎えが・・・。
あまりに遅いから、浮気しちゃおうかと思ったわ・・よ」
「そりゃあ、困る、浮気なんかされては。
・・・悪かったね、遅れて。
でも、浮気をする前に来られて良かったよ、ユリ」
そう言って翼は唇を強く噛んだ。
泣くのをなんとか
だがそれは無意味だった。
涙が頬をつたう。
翼はクルリと向きを変え、ユリを抱きしめると口を開いた
「あ、会い・・会いたかったよユリ」
その声は
ユリは首を
私もよ! と答えたかったが声にならない。
二人は互いを求めるかのように抱き合った。
やがて相手が夢では無く本当に
お奉行は何も言わずに、その様子を見ぬ振りをする。
まるでそこに自分がいないかのように。
やがて翼とユリは落ち着き、はっとした。
そして互いに顔を赤くし、翼が奉行へと向き直った。
ユリもそれに習い、翼の隣に座る。
お奉行は二人が落ち着いたのを見て口を開いた。
「よかったなユリ、
愛されているようでなによりじゃよ」
「はい! ありがとう
おかげさまで翼、いえ、主人と会うことができました」
そう言うとまた涙が
翼はそれを見て、あわててポケットからハンカチを出す。
それをユリに手渡した。
ユリはそれを受け取り、翼と目を合わせ
お奉行はその様子を見てゴホン!と一つ咳をする。
「ん?お奉行様、
「だぁれが風邪だ!」
「え?違うの?」
「
「ああ、
「だぁれが年寄りじゃ!」
「俺から見たら年寄りでしょ? お奉行様、人間で言うと何歳?」
「ううむぅ・・・、まぁ、人から見ればそうかもしれぬが・・」
「でしょう? 年寄りじゃん」
「お前なぁ、それを言うなら老人を
ましてや儂はこの奉行所で最高権力者じゃぞ?」
「え? 敬っているでしょ、ちゃんとお奉行に様を付けてお奉行様と呼んでいるでしょ?」
「バカもん! それは年寄り
まぁよい、お前に何か言っても馬の耳に念仏、猿に話すようなものだからな」
「え? 猿? 俺、人間だけど」
「ユリが来る前に話しておった話しの続きじゃがのう・・。
お前にこれを渡しておく」
そう言ってお奉行は
翼はそれを見ながら、話しをぶり返す。
「なぁ、俺、猿でなく人間」
「その鈴はお前が人間界に戻ってから、こちらから連絡があるときにそれを鳴らす。
肌身離さずに持っておれ」
「あのさぁ、俺、人間なんだけど・・?
はぁ~・・・もういいや、これ聞く気ないでしょ。」
「そうか、よいのか、ならよかろう」
「はぁ~!! 良くねぇよ! ないけど聞かんでしょうが!」
「分かっておるではないか」
「もういいや、で、その鈴が鳴ったらどうすればいい?」
「鈴がなったらお前の直ぐ側に異次元空間への入り口があらわれる。
そこから使いの猫又が姿を現すので、間違って攻撃などしないようにな」
「え? でもどうやって俺の居場所がわかるんだよ。
俺、これでも結構
「鈴がお前の位置を教えてくれるので、どこにいようと心配はいらん」
「そうなの?」
「よいか鈴は
そうでないと鈴を鳴らしてもお前は気がつかず、そこに儂の使いが突然現れる事になる。
お前がそれに驚いて攻撃なぞすれば、儂はお前と全面戦争をする事となるぞ」
「えええええ! せ、戦争?」
「当たり前じゃ、伝令のための無防備の部下に攻撃を加えるのじゃからな」
「で、でもさぁ、鈴無くしたらどうすんだよ」
「無くすなバカ者!」
「いや、万が一にも無くさないとは言えないし」
「それなら無くさないように、いつも首につけておれ!」
「え?!」
「ネコでも付けておろうが、
ネコでもできるのだから、お前にも出来よう?
それともお前はネコ以下か?」
「ネコと一緒にすんなよ!」
「いや、ネコ以下だと言ったのだが?」
「怒るぞ!」
「お前がそれで怒るのか? わしら猫又をネコと一緒にするお前が?」
「うぐっ!・・、そ、そうか、猫又がネコと一緒にすると怒る理由がわかったよ」
「分かればよい。無くすのが心配ならそれを首に付けておれ」
「・・・分かった、無くさないようにするが首には付けん」
「それは残念じゃよ。結構、お前の首にその鈴は似合いそうだがな?」
「だぁれが好んで鈴など首につけるか!」
「ユリは付けて外出しておるぞ?」
そう言われ翼は隣に座るユリを見た。
よく見ると鈴を首についている。
その様子を見て、翼は目を見開いて無言になった。
ユリはその様子を見て、
「え?! どうしたの翼?」
「・・・かわいい」
「へ?」
「それでネコの付け耳をして、エプロンしたら最高だよ、ユリ!
「か、可愛い?・・、え? あ、えっと、あの、その・・」
ユリは顔を真っ赤にし
翼はキラキラした
ただ首にかわいい鈴をしている姿が可愛いというのはわかる。
だが猫耳を付け、さらにはエプロンを所望するのはどうかと思う。
まぁ、
ちなみに男にとっては裸エプロンは新婚生活において
そんな二人の様子に、お奉行は
「お前ら、儂の前で
帰ってからにせぬか!
よいか、儂は忙しくて家に帰れておらぬのだぞ!
儂も妻に会ってだな・・・、い、いや、そ、それは置いといてだ・・。
ともかく儂の前で惚気るな、このバカップルが!!」
そう言い切った時、
ブワリと