第26話 猫又 その2

文字数 1,937文字

 ユリは門に(かかげ)げられていた奉行所(ぶぎょうしょ)という文字を見て、一瞬たじろいだ。

 私は捕縛(ほばく)されたのかしら・・。
そう思った。
だが、ここまで付いて来て今更じたばたしても始まらない。
ユリは覚悟を決め、先に門を潜って歩いて行く猫又の後を追った。

 庭はよく手入れが行き届いており、TVの時代劇で見た大名屋敷の庭そのものだ。
屋敷も奉行所というだけあってかなり大きい。
玄関はというと無骨であるが、でんと構えており圧倒される。
そして猫又が2匹(?・・二人?)、玄関の廊下の衝立(ついたて)の前で(ひか)えていた。
猫又達は、ユリを連れてきた猫又に平伏(へいふく)する。

 「お帰りなさいまし、お奉行様。」
 「うむ。」

 お奉行?
え、この猫又はお奉行なの?
ユリはポカンとした。

 「してお奉行、やけに早いお帰りですな?」
 「ああ、ちと、人間を拾ったのでな、用事は後にしたのじゃよ。」

 その言葉に猫又二人はジロリとユリを見た。
目を眇め(すがめ)ジッと見つめられ、ユリはたじろいだ。

 「安心せい、犯罪者ではない。異次元空間での迷い子じゃ。」
 「そうで御座(ござ)いますか・・・・。」

 奉行である猫又は玄関から上がり、とっとと廊下を歩いて行く。
ユリはどうしたらよいか分からず、玄関口でオロオロとした。

 奉行はユリが付いてこないことに気がついて後ろを向く。

 「どうした? ついて参れ。」
 「はい・・。」

 ユリは返事をした後、玄関にいる猫又たちにペコリとお辞儀をして靴を脱ぎ(そろ)え廊下へと上がる。
そして奉行の元に小走りで駆け寄った。

 ちなみに猫又である奉行は靴は履いて居らず、玄関においてある布で軽く足を拭いただけである。

 広い廊下を奉行は()が物顔で歩いて行く。
奉行であるから当たり前といえば当たり前なのであるが・・。
その威風堂々ぶりに、ユリは可笑(おか)しくなった。

 それというのも、今までお奉行である猫又をよく見ていなかったからだ。
猫又の顔や、言葉、態度、そして挙動に注意をそそいでいたためである。
それが奉行所内部に通され、どうやら奉行である猫又は自分を罰する様子が無い事に安心した。
そして廊下のような閉鎖的な空間では前を歩く猫又しか見えない。
そのため否応なく猫又の後ろ姿を観察してしまった事による。

 前を歩く猫又はユリより一回り小さい。
その猫又は和服、もとい紋付き袴(もんつきはかま)姿で、ゆっくりと威厳を持って歩く。
シッポは(はかま)の後ろの穴から出しおり、歩調に合わせてシッポがゆらい、ゆら~りとゆっくりと()れるのだ。

 これが可愛いと言わずになんと言えばいいいのだろう?

 偉いお奉行で威厳を示そうと歩いているのだ。
それを可愛いなどと言ったら怒られるのは確実だ。
だが後ろ姿がなんとも言えずに可愛いい。
揺れるシッポを掴みたくなる。

 そんな時、こちらに歩いてくる複数の猫又がいた。
何やら手に持った書類を見ながら意見を交わしながら歩いて来る。
やがて奉行に気がつくと横により頭を軽く下げ、奉行が通り過ぎるのを待つ。

 ユリがその横を通り過ぎる時、猫又たちは目を(すが)める。
ユリはなんとなく

になりながら、奉行の後に続いた。

 廊下を右に左にと折れ、中庭のある場所に出た。
そして廊下の突き当たりの部屋に猫又は入り、上座にドスンと腰を下ろす。
(わら)で編んだ丸いものがどうやら座布団のかわりのようである。

 奉行の目の前には文机(ふづくえ)があり、その上には和紙でできた本が五冊程積み上げられ、それが綺麗に三列に並んでいる。
文箱(ふばこ)もその横に置いてあった。

 奉行はユリに正面に座るように指図し、ユリが座ると手を叩いた。

 すると足音が聞こえてきて、廊下の入り口で立ち止まる気配がした。
ユリが後ろを振り返ると、和服姿の猫又が平伏をしていた。
どうやら服装からすると(めす)・・、いや・・女性のようである。

 「御用でございましょうか?」
 「茶を頼む、この者にもな。」
 「かしこまりました。」

 そう言って廊下の猫又はその場を去った。
奉行の猫又は腰にさしてあった煙管(きせる)を取り出しタバコを詰めた。
文机の横に置いてあった小さな箱を引き寄せ、箱の中にある陶器に煙管を近づけ火を着ける。
そしてタバコを(くゆ)らせた。

 しばらくタバコを猫又は楽しむ。
その間、無言の時間が過ぎる。
やがてお茶をもった猫又が部屋へと入り、二人にお茶と茶菓子を置いて立ち去った。

 「まぁ、茶でも飲んでくれ、それにこの茶菓子、うまいぞ。」
 「はぁ・・、では遠慮無く・・。」

 ユリは手前におかれた茶碗(ちゃわん)を手に取り、(ふた)を取る。
よい茶の香りがした。
一口、口に含み飲み込む。

 「美味(おい)しい・・。」

 「そうであろう? これはこの村で栽培しておるお茶じゃ。
人間界よりうまいと(わし)は思っておる。」

 「確かに、そうかも知れませんね。」

 チチチチチと小鳥の鳴き声が響いたかと思うと、中庭から飛び立つ音が聞こえた。


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