第46話 河童の里を訪れる その6

文字数 2,968文字

 人間と交流するのを嫌っている河童達だ。
それなのに人間と仲良くしているモノがいると村のモノが知ったならばどうなると平助は尋ね(たずね)ているのだ。

 村で騒動が起きるのは必然だろうと言う問いかけに、ケルは目を見開いた。
その様子を見て平助はやっと分かったかと言葉を付け足す。

 「そういう事じゃよ、それを懸念しておる。」
 「なるほど・・・。」

 閉鎖的で今まで人間を受け付けなかった河童達だ。
それと真っ向から対立するかのごとく、人間と親しくするモノがでた。
そうなれば何が起こるか・・。

 村にそぐわないモノは親族もろとも村から追い出す騒動が起こるかもしれない。
集団リンチという悲惨な事件が起きても不思議はないのである。

 さらに言うなら人間と親しくする事に賛同するモノ達が出て来たならばどうなるだろう?
村で分裂抗争が起きる可能性すらある。

 いずれにせよこのような事件が勃発したら、奉行所として面白い・・
ではなく・・・
奉行所にとって懸念される事項である。
放ってはおけぬ。

 この事を理解したケルは平伏(へいふく)をやめ、ゆっくりと姿勢を元に戻した。
そしてニコリと微笑(ほほえ)む。

 「?」

 平助はその微笑みに怪訝(けげん)な顔をした。
はて? 微笑むような事を(わし)は言ったか、と。
そんな微妙な顔をした平助に、ケルは爆弾発言をした。

 「平助さま、実はこの村には人間が居りまする」
 「なんじゃと!」

 平助は思わず立ち上がった。

 「落ち着いてください」
 「これが落ち着いていられようか!」
 「ですから慌てる必要など御座いません」

 「バカ者!先程言ったであろうが!
村人の抗争が懸念されると!
儂の話しを聞いておらんかったのか!
村だけの問題だけではないぞ!
別の村にも飛び火するかもしれぬではないか!
そればかりではないぞ!
その人間が物の怪と徒党を組んで悪事を働いたら、いかが致すつもりだ!」

 平助の剣幕はすざましかった。
だがケルは動じない。
その様子を見て平助はさらに怒鳴る。

 「お、お前!何を他人事のような顔をしておる!
ええぃ!そもそも、その人間は何が目的でこの異次元におるのか分かっておるのか!」
 「はい」

 「

だと!
お、お前!事の重大さが分かっておるのか!
よいか、よく聞け!
その人間はどうやってこの異次元に入った!!
物の怪の手助け無しに、この異次元に入りようがないのだぞ!
お前が手引きしたのではなかろうな!」

 「めっそうも御座いません」

 「ええい! 話しにならん! 説明せぃ、説明を!」
 「どうやって異次元に来たかと言う事ですが、ユンが連れてきました」
 「なっ! なんじゃと! あの人間以外にもか!」
 「あの人間?」

 あの人間とは?
ケルはその言葉の意味が分からない。
その事を聞こうとしたが、平助は間髪を入れずケルを問いただす。

 「なぜユンがこの村に人間など連れてきたのだ!
そのような軽はずみな事をするとは何事だ!」

 「理由があります」
 「理由じゃと!」
 「ええ、そうです」
 「言ってみよ!事と次第によっては奉行所にしょっ()くぞ!」

 ケルはその言葉に、平助の目を真っ直ぐに見つめた。
ケルの瞳は()いだ湖面のように静かだった。
その以外な眼差し(まなざし)を見つめ、平助は落ち着きを取り戻す。

 「すまぬ、ちと頭に血が上っていたようじゃ。理由を話せ。」

 ケルは(うなず)き口を開いた。

 烏妖(うよう)に追われている知り合いの人間を、ユンが人間界で見つけたこと。
それを助けるためには、この異次元に逃げ込むしか方法が無かったこと。
しかし運悪く烏妖も異次元まで追いかけてきて、もみ合いになってしまったこと。
そうこうしているうちに、逃がそうとしていた人間が異次元空間に放り出されたこと。
その人間が今でも異次元空間を漂ったままである事などを。

 そしてその後ユンが人間界に行ってみると、偶然にも異次元空間を彷徨っている人間の番い(つがい)に声をかけられたこと。
その番いがユンに食らいついて、異次元で自分の番いを探したいと懇願した事。
ユンが仕方なく異次元につれて来たこと。
そして今、つれて来た人間はこの河童の里を拠点にして番いを探している事を。

 それを聞き終わった平助は呆然(ぼうぜん)とする。
やがて平助は我に返り、ポツンと呟いた(つぶやいた)

 「そうであったか・・・。」
 「分かって頂けましたか?」
 「うむ、経緯は分かった。
分かったが・・・、まぁよい、ケルよ、ここにその人間はまだいるのだな?」

 「はい。この屋敷におります」
 「何だと?この庄屋にか!」
 「はい」

 ケルの言葉に平助はため息をつき、前足を口にもってきてペロンと()めた。
そして顔を洗い始めた。
グルーミングだ。
突然の行動に,ケルは唖然とした。

 「平助様?」

 「え? あっ!
いかんいかん、儂としたことが!
つい毛繕い(けづくろい)をはじめてしまったではないか・・。
じゃがのう、こうせんと落ち着かんのじゃ」

 「はぁ・・・、ではそれをお続け下さい。お待ちします。」
 「すまぬのう。」

 そういうと平助は毛繕いを再開した。
顔、肩、胸、そしてお腹の順に・・・、それは丹念に。
やがて一段落ついたのか毛繕いをやめた。

 平助は独りごちる。

 「河童の村の内定を慎重にすすめた儂の努力は何だったのだろうなぁ。
こんなに簡単に聞けるのであれば、内定などで時間をかけるではなかったわ・・」

 平助のその声は小さく、ケルには聞こえなかった。

 「平助様?」
 「ああすまぬ、独り言じゃ。
ところでじゃ、お前らと関わった烏妖(うよう)はどうなったのだ?」

 「それが・・・。
ユンはなんとか烏妖から重傷を負いながらも逃げるこができ、この村に烏妖が入ることも阻止できました」

 「うむ・・。」
 「ただ村に入ることは阻止できたとは言え、烏妖が目的の人間の確保を邪魔されて黙っているとは思えませぬ。
その烏妖を排除したいのですが、我ら河童では烏妖には歯が立つとは思えませぬ」

 「そうであろうな・・・、烏妖の消息は分からぬという事か?」
 「はい。できる範囲で情報を集めてはいますが消息がつかめません」
 「うむ・・」
 「・・・平助様は烏妖の事、ご存じだったのですか?」

 「烏妖が異次元に現れた事は奉行所も知って居る。
そのためその所在をそれとなく調べておった」

 「どこに消えたのでしょうか?」
 「まぁ、一番考えられるのは人間界に戻ったのであろうな。
元々の彼奴ら(あいつら)住処(すみか)は人間界だからのう。
この異次元は奴らにとっては他国だ。
右も左も分からぬ場所で、一人の人間など探すのは不可能じゃよ」

 「確かに仰る通りかと・・」
 「ところで、お前の村の河童達は居座っている人間をどう思っておるのだ?」
 「まぁ最初の頃は村人達は遠巻きに関わらないようにしておりました」
 「そうであろうな」
 「ですが最近はそれなりに仲良くしておりますよ?」
 「はぁぁぁぁ?! に、人間とか?」
 「はい、なにせあの人間、やたら人なつこくて村人となかよくなってしまいました」

 「閉鎖的な河童がか?」
 「閉鎖的って・・、ちょっと失礼じゃないですか?」
 「違うとでも言うのか?」
 「いえ、違っていませんけど?」

 「じゃあ、なぜ閉鎖的といわれて失礼だと抜かす」
 「気持ちの問題ですよ」
 「なんだそんな事か」
 「平助様、猫又は閉鎖的だと面と言われても平気ですか?」
 「む・・、腹が立つわい!」
 「そうでございましょう?」

 平助はジトメでケルを見た。
ケルはソッポを向いた。
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