第58話 奉行所 その4

文字数 2,024文字

 密偵(みってい)(とぼ)けた顔をして、再び聞く。

 「う~ん、でもせっかくここまで来たんだ。
マタタビを記念に持って帰りたいんだけどさ・・・。
この山、何処にマタタビがあるか教えてくれないかな?」

 「この山には、マタタビはないぞ?」
 「げっ! マジかよ!」

 「ああ、マジもマジ、大マジだ。
無い物はない。
二山超えたあっちの山ならあったと思うが?」

 「そうかぁ、残念だ。
それにしてもこの集会はさ、色々な物の怪(もののけ)があつまっているんだなぁ」

 「ああ、妖狼(ようろう)様からの招集で集まったから当然さ。
もし来なかったなら、簡単に妖狼様に抹殺(まっさつ)されちまうからな」

 「そうなんだ、そりゃ怖いな」
 「お前は妖狼様とは面識があるのか?」
 「うんにゃ、無いよ。何せ人間界に来たのは初めてだ」
 「だったら妖狼様に見つからぬうちに、とっとと帰った方がよいぞ」

 「そうか?、そうだな・・・。
でもさぁ、妖狼様が集めた集会となると、この集会には強い(やつ)も出ているんだろう?」

 「ああ、いるぞ」
 「そうか、やはりな~、妖狼様だもんな。
強くて参謀(さんぼう)になりそうな奴といえば、烏妖(うよう)かな?」

 「烏妖? 確かに参謀になろうとした腰巾着(こしぎんちゃく)の烏妖がいたな」
 「そうなんだ、でもさ、見回した限りでは烏妖が見えないけど?
本当に烏妖も参加していたのか?」

 「居たよ」
 「え? 何処に」

 そう言って密偵は辺りを見回す。

 「今はいない。前に妖狼様にあっさりと消されたからな」
 「え? 何で?」
 「人間の女を(さが)し出して連れてくると約束したのに、(つか)まえられなかったからさ。
何でも異次元空間までおっかけて逃げられたとか言ってたな、烏妖の奴。
だから妖狼様は約束を反故(ほご)にしたと怒って消しちまったのさ」

 「ふ~ん、烏妖が簡単に消されるなんてさすが妖狼様だね。
それにしても人間の女ねぇ・・・・。
ちなみになんていう名の人間なんだ?」

 「う~ん・・、何て言ったけっ?」

 そう(すずめ)の物の怪が隣にいたカエルの物の怪に聞く。

 「ああん?! お前、そんな事も(おぼ)えておらんのか?
妖狼様に聞かれたら消されるぞ?
確か名前はユリとかいうらしいぞ?」

 「ああ、そんな名前だったか、まぁ妖狼様には俺が名前を覚えていなかったなど言うなよ?」

 そう言った瞬間だった。
雀の物の怪は突然、黒い(けむり)をまき散らし消えうせた。

 密偵は咄嗟(とっさ)に飛びすさって後方10メートルに着地した。
カエルの物の怪は腰を抜かしてその場にへたり込んで(さけ)んだ。

 「よ、よ、妖狼さ、さま!」

 カエルの視線の先にはいつの間にか妖狼がいた。

 「なにやら普段感じない気を森陰(もりかげ)に感じて、帰った振りをして戻って様子(ようす)を見ればこれだ。
それにしても(わし)の集会に集まっておきながら、捕まえようとしている人間の名前を覚えようともせぬ間抜け(まぬけ)がおるとはのう!」

 妖狼の狂気を(はら)んだ真っ赤な瞳を密偵は見て、全身の毛を逆立(さかだ)てた。
まずいと思った密偵は妖狼へと慇懃(いんぎん)に頭を下げる。

 「こ、これは妖狼様、お初にお目にかかります」
 「猫又(ねこまた)よ、お前は何で集会を森陰から(うかが)っていたんだ」

 妖狼から禍々(まがまが)しい妖気が密偵に放たれる。

 「え?! あ、い、いえ、ちょっとマタタビを捜しにこの森へ・・・」

 「冗談もそこまでにしろ。
猫又の里からマタタビを捜しに来たなどとどういう冗談だ?
それにお前、武芸(ぶげい)(たしな)んでいるであろう?
何を探っている?」

 「いえ、私は武芸者では・」

 密偵がそう言いかけると同時に、妖狼は右手を上げて振り下ろす。
それを予期していたかのように、密偵は7メートル程後ろにある木の枝に飛び乗った。

 その瞬間に、ズン!という鈍い音がした。
猫又がいた場所の地面が1メートル程深く(えぐ)られていた。

 妖狼はというと、いつのまにか猫又が飛びすさって飛びついた木の根元にいた。
目にもとまらぬ早さだ。
妖狼は間髪(かんぱつ)をおかずに左足を軽く振り上げた。
その瞬間に猫又が居たあたりの枝が一斉(いっせい)にスパリと切れ、どかどかと地上に降り注ぐ。

 猫又はといえば、いつの間にか10メートル程左に離れた木の枝の上におり、そこからさらに隣の木、さらに隣の木へと飛んでいく。
(さる)も真っ青になるくらいに、軽快に、そして素早く。

 妖狼は右手、左手と交互にまるで野球の選手がボールを投げるかのように振る。
すると空気の唸る(うなる)音とともに、猫又が飛び乗る先々(さきざき)の木々がなぎ倒されていく。

 ズン!・・、ドスン、ズン!

 木の倒れる音が(あた)りに木霊(こだま)する。
だが猫又もたいしたもので、どんどん妖狼から離れていき、やがて姿を消した。

 「ちっ! 逃げられたか!
どこの猫又なんだ彼奴(あやつ)は!
猫又の里から来たとか言っていやがったが(あや)しいものだ。
一体何を()ぎまわってやがる!」

 妖狼は忌々しげに猫又が去った方向を(にら)みつけた。
腰を抜かしていたカエルの物の怪は、少しでも烏妖から遠ざかろうと抜けた腰を地面にこすりながら後退る(あとずさる)
そんなカエルの物の怪を横目で見て、妖狼は左手の人差し指をクイと軽く曲げた。

 ぐぇ!

 くぐもった悲鳴とともにカエルの物の怪が黒い煙となり消えた。
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