第48話 河童の里を訪れる その8

文字数 2,897文字

 平助は良いようにケルにからかわれた感じであった。
とはいえケルはもともと平助を接待するつもりであったようなので平助は気を取り直した。

 「ところでケルよ、ここにおる人間と話しがしたい」
 「(かしこ)まりました、では・・」

 ケルがそう言いかけた時である。
突然に鈴が鳴り響いた。

 よく見ると部屋の片隅に紐に繋がった鈴が有った。
その鈴が鳴り響いたのだ。
鈴の紐は部屋から外に伸びており、引っ張られては緩められ鈴を鳴らしているのである。

 「何事だ、ケル!」

 「分かりませんが、異常事態です。
平助様、様子を見て参りますので、ここでお待ちを!」

 「いや、儂も行く。何かいやな予感がする」
 「ではご一緒に!」

 ケルは立ち上がると入り口があった壁に向かう。
そして壁に付いていた鉄の輪を手前に引く。
鉄の輪には鎖が繋がっており、鎖がずるずると壁から引き釣り出される。
やがてガコンと音がした。

 しばらくすると、壁の一部が奥に引っ込み、そしてスライドをする。
出口が現れた。

 ケルが先に出口から外の様子を伺い、そして平助に声をかけた。

 「平助様、出口は大丈夫です」
 「そうか・・」

 ケルに続いて平助は外に出た。
出た場所は庄屋のお勝手にある納戸の中である。
どうやら出口は空間が曲がっており、ここに接続されているようであった。
つまりもしも曲者に後を付けられて、倉の入り口で出てくるのを待ち伏せしても意味がないという事だ。
いくら倉の周りで待ち伏せをしていようとも、出口はまったく別の場所にあるのだから。
それほど安全を考慮しないと、庄屋は危ないという事であろうか?・・・。

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 時は(さかのぼ)ること一刻(いっとき)(二時間)ほど前の事である。

 平助が出てきた仏壇裏の穴で異変があった。
目のつり上がった猫又が穴から顔だけ覗かせ、直ぐに顔を引っ込める。
そして再び顔だけをまた覗かせた。
どうやら廻りを伺っているようだ。
少し顔を出しては辺りを見渡す事を繰り返すこと5回、やがてゆっくりとその姿を現す。
素浪人の格好をしていた。
そしてその後に続いてもう一人、姿を現した。
そのモノも猫又で、頭に手ぬぐいを捻って鉢巻きにした職人風であった。

 その二人は足音を立てないように、(あゆみ)を進める。

 「ここは何処だ?」
 「分からぬ。だがあの奉行所の筆頭与力がここに来たのだ。
奉行所から何らかの重要な事を任されたのは確かだ。
だとするとここは奉行所にとって重要な場所のはずだ。」

 「そんなこたぁ俺にだってわかるさ。
どう見てもここへの通路は秘密通路だろうからな。
そんな通路を通ってきたんだから、奉行所にとっては重要さぁね。
俺が知りてぇのは、ここがどこかってことさ。」

 「だから分からんと言っておるだろう。
だがな・・・。
あの与力を付けて、奉行所が秘匿しているここの秘密通路の入り口が分かったんだ。
俺たちはお手柄(てがら)だってことだけは確かだ」

 「ああ、これを報告しただけでも、俺たちは幹部になれるかもしれんな」
 「いや、秘密通路を見つけたというだけではそれは無理だ。もう少し手柄がいる」
 「だから後を付けようと言ったのか?」
 「そうだ、ここがどういう物の怪の村か調べる。奉行所と繋がっている奴の名前までわかれば完璧よ。」
 「なるほどな。」

 そう言って二匹は互いに口角を上げてニヤリと笑った。



 その頃、翼は居間の囲炉裏でゴロゴロとしていた。
そんな翼はすこしお茶を飲み過ぎたようである。

 「トイレに行くか、行かざるべきか、それが問題だ」

 そう言って思案をする。
いくら思案をしても出さない限りどうしようもないというのに、である。
やがて翼はため息を吐く。

 「うん、悩んでも出したいという欲求には(かな)わない。
この歳でお漏らししたら、ちょっと恥ずかしい気がする」

 ちょっとという恥ずかしさではないと思うのだが、ユリの捜索で疲労している翼にとっては横になって寝ていたい欲求と、トイレに行きたいという欲求の狭間(はざま)で揺れていた。

 それでもすぐにトイレにはいかずに、庭を眺めた。
先程までは目に焼き付く程の夕焼けの後、宵闇がせまっていたと思ったら昼間の明るさに戻っている。

 この村に来た当初は驚いた。
人間界では夜だったのに、ここでは昼の明るさだったからだ。
ユンに聞くと、この河童の村では夜が無いという。
ほぼ昼間の状態が続く世界である。

 ただし一日の単位を感じるために、18時頃になると夕焼けにするというのだ。
そして宵闇(よいやみ)が迫ったと思ったら昼間に逆戻りである。
驚くことに河童には夜の睡眠という概念がないらしい。

 寝たいときに寝て、起きたい時に起きる。
お前らは野生動物かと言いたくなる。

 ただ人間界にも行く河童や、人間界にも少数ではあるが住んでいる河童のせいか、基本的に夜に寝るモノが多いようだ。
とはいっても、1時間も寝れば十分だとか。

 兎にも角にも河童は人間界の24時間周期を感じていないと、なんらかの違和感があるらしい。
だからほんの一時だけ夕焼けと、プチ宵闇が訪れ1日の周期を教えるのである。

 そしてこの世界に来た翼は、物の怪という生き物の恐ろしさを感じている。
人間には異次元世界に入る能力などないが、物の怪は誰も彼もがそれを簡単にできる。
さらにはその異次元に、さらなる別次元を作り村を形成しているのだ。
そして先程の夕焼けである。
河童たちは一日を知るために夕焼けまでこの世界で作り上げているのである。

 ただ夕焼けまでやる必要があるのかと翼は思う。
お寺の鐘のようなモノを作り、一日に一回ならせば済むだけなのではないかと。
物の怪だから、そのような事は考えないのかもしれない。
つまり人間の感覚で物の怪を考えてはいけないと、この異次元に来てつくづく思う翼である。
 
 「う~ん、そろそろ限界に近いかなぁ・・」

 そう(つぶや)いて翼は立ち上がる。
やっとトイレに行く気になったようだ。

 廊下に出て厠に向かう。
たまに屋敷の女中とすれ違い、その度にかるく会釈をする。
女中も馴れたもので、軽く微笑んで会釈を返す。
いつの間にか女中も翼と馴染んでいた。

 そんな翼がぴたりと足を止めた。

 「この感覚は・・・、河童じゃないよな?」

 そう呟いて翼は厠の方向とは異なる方につま先を向けた。
気配を頼りに部屋に入っては、別の部屋へとまた入っていく。

 「ケルの気配がそばに無いから客だとは思えないんだよね?
お客かぁ~・・・。
俺をこの村に受け入れてくれたのは有り難いんだけどさぁ・・。
お客として扱ってくんないんだよね。
まるで透明人間のように扱うか、ケルの愚痴のはけ口をするオモチャだよな」

 愚痴を言いつつ河童以外の気配を追う。
その気配は二つ。
気配は突然に現れ、現れた場所からしばらく動かなかった。
それがゆっくりと動き始めたのである。
 
 「う~ん、これは時代劇でいうと曲者か?
突然に屋敷の中に現れるから忍者?
でも忍び込むとしたら家の外から入る気配があるはずなんだけど?
()せない現れ方だよな・・」

 (ひと)り言を言いながら歩く翼であった。
ただ本人には独り言を言っているという認識はない。
翼は曲者がどうとか言っていたが、一人で何かブツブツと呟きながら歩いている様子は不審者そのものである。
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