第12話 烏妖 5

文字数 2,546文字

 何モノかによってユリとつないでいた手が(はら)われた。

 ユンがあわてて後ろを振り向くと、そこには烏妖(うよう)がいた。
ユリはというと宙を舞いながらユンから遠ざかっていく。
どうやら烏妖がユリとつないでいた手を払いのけ、来た方向と逆の方向へとユリを投げたようだ。

 ユリは回転しながら宙から落ちること無く一定の高さを保ちながら遠ざかる。
その遠ざかる速度は徐々に速くなっていく。

 ユンは遠ざかるユリとそれを追おうとする烏妖を見て、思わず舌打ちをした。

 ともかく烏妖より先にユリを確保して逃げなければならない。 
ユンは(きびす)を返し、目の前の烏妖を避けユリを追おうとした。
だが烏妖はそうさせまいと邪魔(じゃま)をする。
邪魔をしながら烏妖はユンより先にユリを捕まえようと動く。

 ユリが烏妖に(つか)まれば、おそらくユリの命はない。
それも簡単には殺さないだろう。
弄び(もてあそび)、ぼろぼろになるまで残虐な行為を繰り返したあげく殺される。

 そんな事は絶対にさせない!
そう思いユンはユリを捕まえようとする烏妖の邪魔をする。

 そうこうする内にユリは宙を回転しながら異空間の奥深くに吸い込まれていく。

 そもそもこの異空間とは何なのであろうか・・。
それを説明するには物の怪達の住まう世界について知る必要がある。

 物の怪たちが住まうのは人間界と異なる次元だ。
物の怪達は同種族で1つの村を形成し、種族毎に村を形成する。
そして村は別々の次元に存在し、決して他の部落と同じ次元に存在しない。

 次元の異なる村と村とを(つな)ぐのがこの異空間である。
つまり各村への入り口は、この異空間に接続されているのである。

 この異空間は暗黒で無限に広がっており果てがない。
広大なこの空間に村へと続く入り口は散在していた。

 つまりある村の入り口から隣の村の入り口まで100m程であったり、数億光年離れていたりする。
また村への入り口は整然と一直線にならんでおらず、てんでんばらばらに存在していた。

 物の怪が他の村に行くには一度この異空間に出て、そこで行く先の村に通じる道の(そば)に門を開いて行く。
開いた門の入り口と、門の出口の距離はほぼ無いに等しい。
敷居をまたぐより短い距離で、数億光年離れていようとこの異空間では接続できるのである。

 人の住む次元に行くときも同様で、この異空間で門を開き行く事ができる。
帰るときは、この異空間にある村の入り口近くに門を開き帰って来るのである。

 異空間とは、言うなれば物の怪の里への入り口であり交通の要所なのだ。

 そのような異空間にユリは放り出された。
無限の広さのこの空間で、ユンがユリを見失えばどうなるか想像がつくであろう。

 そうなればユリは自力で自分の世界に帰らなければならない。
そのためにには、人のいる次元への門をこの異空間で開かなければならない。
だが、それは霊能力者であろうとも人には無理だ。
物の怪にしかできない事である。

 ではお手上げかといえば他の方法が無いわけではない。
この異空間で人に友好的な物の怪と出会い、人の住む次元への門を開けてもらう方法だ。
だがこの広い異空間で、物の怪と出会える確率はほぼ零に等しい。
広大な宇宙空間に放り出された人が、異星人の宇宙船に出会うようなものだ。

 だとすると物の怪の里への入り口を探し、その村の物の怪に救助を依頼するしかない。
だが物の怪の入り口など探すのは無理であろう。
人には村の入り口を見ることができないからだ。
探そうにも見えないものは探しようがないのである。
仮にもし見えたとしてもである・・・
無限に広がる異空間に散在する100にも満たない数の村の入り口など探せるだろうか?

 仮に村の入り口を見つけられたとしても問題がある。
それはその村が人と友好な物の怪の里である保証はない。
危険な物の怪の住む里であったなら、むしろ村に入るのは危険である。
それに危険な物の怪でなかったとしても、人に手を貸すような物の怪がいる可能性は低い。
物の怪は奔放で興味があるか利益がないと動かないし、何より面倒くさがり屋だ。
助けるなどと面倒な事はほぼしないのが物の怪である。
 
 つまりユリはこの異空間で迷子になったら、人の世界に戻れる可能性はほぼ無いのである。



------ 補足説明 ----

村の入り口についての補足。

 村への入り口は、異空間にぽっかりと()いた平面の穴だ。
()けて向こうが見えるほどの薄さの紙が、空間にぶら下がっている感じである。
その穴は楕円形の姿見の鏡ような形状をしており、その幅は村により異なる。
たいていは人が三人並んで入れるくらいのものが多い。

 この穴を正面から見ると、陽炎(かげろう)()らめいているかのように見える。
ただこの穴は真正面からしか見えない。
つまり横からも後ろからも、そして斜め方向からは見えないのである。

 そしてこの穴に入れるのは正面からのみである。
正面以外からでは穴を挟んだ反対側にすり抜けてしまい穴の中に入れない。

 さらにこの村へと通じる穴の正面の空間を物の怪はねじ曲げている。
危険な物の怪が偶然にも入り口を見つけることがないようにするための対策だ。

 ねじ曲がった空間の後ろにある穴は見る事も、その穴に辿り(たどり)着くこともできない。
ねじ曲がった空間は、穴の正面の空間を穴のすぐ後ろに接続しているからである。
つまりそのねじ曲がった空間を見ると、穴の後ろが見えるのである。
曲がった空間の後ろにある穴など見えないのだ。
もし穴の正面に向かって歩いて行っても、ねじ曲がった空間に入り穴の後ろに出てしまう。
それも曲がった空間を通ったなどと気がつかないだろう。
これは人であろうが、物の怪であろうが同じである。

 穴がそこに有ると知っていれば、その穴の直前は空間がねじ曲げられていることがわかる。
その場合、ねじ曲がった空間があるらしき場所の空間を元に戻せば穴は出現する。
そうなれば穴に入ることができる。
それができるのは物の怪だけだ。

 もし仮にであるが人が穴に入れたとしよう。
入れたとしても人が物の怪の里に入るのはまず無理であろう。
穴の先はトンネルのような場所となっており、そのトンネルには分岐が沢山(たくさん)ある。
もし間違った道を選ぶと道に迷う。
その場合、そのトンネルで永遠に彷徨うこととなる。

 物の怪は自分達を守るため、このような対策をしているのである。
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