第27話 猫又 その3

文字数 2,605文字

 お奉行(ぶぎょう)である猫又(ねこまた)はユリに問いかけた。

 「名前は何という?」
 「ユリです。(さかき) ユリといいます。」

 「そうか、ユリか。
(わし)はな徳左(とくざ)という。奉行をしておる。
奉行とはわかるかな?」

 「奉行というと、私達の世界では警察に相当するかと思います。
犯罪者の捜査、逮捕を行っている部門では?・・。」

 「そうじゃ。
物の怪は己の欲望に忠実で、なおかつ強者がモノを言う。
弱者が強者に従うという社会じゃ。
だからといって強者が好き勝手していれば大変な事になってしまう。
強者に弱者が従う社会で、秩序を保つために我らがいる。
仲裁と武力を(つかさど)る役所じゃな。」

 「そうですか・・。それはどの種類の物の怪に対してもですか?」

 「基本はそうじゃ。
じゃが儂らを認めん物の怪もおる。」

 「認めない物の怪にはどうするのですか?」

 「時と場合によるのう・・。
物の怪の部族内での争いで済むなら、儂らは静観をする。
だが・・、他部族に及ぶなら武を行使してでも介入を行う。」

 「あの・・、物の怪は己の欲望に忠実のはずです。
猫又の方が奉行職についたのは、メリットがあるからですか?」

 「あるぞ、面白いではないか、儂ら以外の物の怪同士の争いはのう。
そうは思わんか? ニャニャニャ~」

 そう言って徳左は(わら)った。
その笑顔は本当に楽しくてしかたがないという笑いであった。

 争いが面白いなどと・・と、ユリは思った。
だがそこで

と気がついた。
飼っているネコが、家の外で喧嘩している他の猫の声を聞くと、あわてて窓に駆けていき、その喧嘩を眺めていた事を。
ネコには野次馬根性がある事を思い出した。

 なるほど、猫又は猫の物の怪だからそうなのか。
納得できたユリであった。

 だがそれとは別に思い出した事がある。
そもそも猫は臆病(おくびょう)だ。
猫同士では縄張りでこそ争うが、それ以外は他のネコと目を合わすのでさえ嫌う。
極力争わないとユリは思っている。

 ゆりはその事で奉行に確認を行う。

 「お奉行様は、喧嘩がすきなのでしょうか?」
 「嫌いじゃよ。」
 「やはり・・。」
 「?」

 ユリはその事に納得した。
だが・・
そうなると取り締まる相手が猫又より強い物の怪ならどうするのだろう?
奉行所という看板を背負っている猫又達だ。
まさか強いモノには、見て見ぬ振りをするなどということは・・。

 ユリは念のため奉行に聞く。

 「お奉行様、猫又より強い物の怪はいるのでしょう?」
 「ん? おるが、それがどうした?」
 「強い物の怪も捕縛したりするんでしょ?」
 「せんよ。」
 「へ?」
 「何を驚いておるのじゃ?」

 「いや、だって・・喧嘩が嫌いでも他の物の怪が争っているのが面白いんでしょ?
でも猫又達は奉行職に()いているんでしょ?
だったら奉行職でありながら強い物の怪には何もしないなんて、可笑(おか)しくないですか?」

 「可笑しくないぞ? 自分より弱い物の怪しか相手にせんのは当然じゃ。」

 「え? それじゃぁ奉行所としてだめでしょ?
正義の味方なんですから?」

 「正義? 面白いことを言うのう。
物の怪の正義は力であり、自分の興味に従うのが正義じゃ。」

 「え? でも弱い立場の物の怪のための仲裁をしないと秩序が保てない事があると先程(おっしゃ)っていたのでは?」

 「そうじゃが?」

 「それならば弱い者の見方をすると言う事でしょ?
それって正義の味方として奉行所が動いているのという事ではないんですか?」

 「では聞こう、そもそも正義とはなんじゃ?」
 「え?」

 「人間社会での例として上げて見ようかのう・・。
余所の家や他人とのトラブルなど日常茶飯事じゃろ?」

 「え? ま、まぁそうですね・・。」

 「それで喧嘩をした場合、どちらも自分が正しいとあれこれ理由を付けるのではないか?
じゃが、もし争っている立場が逆になったとしても、自分が正しいと主張をせんか?
つまり相手が正しくないと言いつつ、自分が相手の立場になると今度は自分が正しいと言う。
ならばいがみ合っていた者はどちらも正しいという事だ。
正義も同じことであろう?」

 「それは極端な話しでは?」
 「そうかのう・・、結局は自分の都合で正義を定義しているだけじゃ。
法律も完璧ではなく抜けがある。
使い方により犯罪者になったり、無罪になったりするではないか。
大概は権力があるか、大勢に同意を得られた者の勝ちとなる。」

 「・・・・。」

 「正義とは理不尽なものじゃ。
さらに言うならば、人間と物の怪では正義の考え方が根本的に違う。
何度も言うが、物の怪は正義が力だ。
そして力の原動力は興味だ。
よって興味が正義と言える。
人間が思う奉行所と、物の怪の奉行所は違うのじゃよ。」

 「・・・人間の考え方で言ってしまい申し訳ありません。」

 「謝る必要などない。
ついでに言っておこうかのう・・。
物の怪と人間でもっとも異なるのは、余所から言われるのを嫌う事じゃよ。
それは自分達が間違っていようがいまいが関係ない。
同じ種族以外から干渉される事に対しては、自分らが正義となるのじゃよ。
だがこれでは怪の種族間で抗争が起こり酷いと戦争になってしまう。
これはさすがに不味いので、我らが監視をして防いでおる。
これが我ら奉行所の正義となるかのう・・。
だが、儂らが介入するのも相手次第じゃ。」

 「・・・はい。」

 「ああ、それとだな・・。
物の怪の大部分は人間との関わりを嫌う。
そのため我らの存在を人間に認識されないようにしておる。
それはな人間が我らに敵対する事が無いようにする為じゃよ。
人間の退治師に恨みなど買ってはたまらんからのう。
それもあって儂らは人間社会へは不干渉をつらぬいておる。
人間も同じようみ見受けられる。
とはいえこれは人間とした正式な取り決めではない。
そのため物の怪の基準と判断で、人間に対して行動しておる。
この意味が分かるか?」

 「はい。
人間界では神社庁という組織以外は、物の怪の存在を知りません。
漠然と物の怪がいるかもと思う人でも、実際には存在しないと考えています。
神社庁はそれで良しとしています。
物の怪を知り関わることでトラブルになるのを避けるためです。
ただ、神社庁は人間に仇なす物の怪は人間界で処理をします。
逆に物の怪に不必要に仇なす人間に対し、物の怪がどうするか神社庁は把握しません。
そういう事だと私は理解しております。」

 「うむ。それが分かっておればよい。」

 ユリの答えに奉行は頷いた。
だが、それとは別にユリは奉行に聞いておきたい事があった。
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