第15話 旅立ち 3

文字数 2,615文字

 ユンは翼が話しをこれで理解し、元の世界に帰る気になっただろうと思った。
暫くして翼が口を開いた。
 
 「物の怪たちがユリを見つける可能性が低い事は分かった。」

 そう言って翼はまた押し黙った。
そしてその事は割り切ったという顔になり口を開く。

 「一つ聞いてもいいかな?」
 「まだあるの? 何?」
 「ユリを狙った烏妖(うよう)はこの異空間のどこかの村に居るのか?」
 「それを聞いてどうするの?」

 「俺がそいつに(とど)めを刺す。」
 「・・・。」

 「ユン、俺がこの異空間、つまり物の怪の世界で烏妖を消したら問題か?
人間が入り込んで、物の怪を消すというのは?」

 「貴方はユリの敵討ち(かたきうち)がしたいの?」

 「敵討ちというとユリが死んでいるかのようでいやな言い方だな。
俺はユリが正気で生きていると信じている。
例えわずかな可能性でもあるうちは(あきら)めない。
だからユリを危険にさらす物の怪がこの世界にいるなら排除しておきたい。
そしてユリも探したい。」

 「そういう事か・・。」
 「ダメか?」

 「ダメではないけど、どうやって物の怪の里の入り口を探すの?」

 「ユン、厚かましいお願いだが、村の入り口まで俺を連れて行ってくれないかな?
ユンもユリを探しているなら二人で村を分担してユリを探した方が楽じゃないか?
村の入り口まで連れて行ってくれれば、あとは俺一人でするから。
ユリを探し烏妖がいたら(とど)めを刺すよ。」

 「連れて行くかどうかは別として、村へは貴方では入れないわよ?」

 「えっ! 俺、退治師だから霊力は高いよ? 入れるんじゃないの?」

 「無理よ。
物の怪が一緒なら人間も入れないことはないけどね。
それに入れたとしても、村に辿りつくまで迷路になっているの。
人間ならおそらく永久に迷い続けるわね。
つまり、私が一緒に村の中まで同行しなければならないわ。
貴方のいう分担にはならない。」

 「そんなっ!・・・。」

 翼は両手を強く握り、きつく目を瞑る(つむる)
噛んだ唇から血が(にじ)む。

 ユリを分担して探すのは、自分がこの空間に残りユリを探すよい口実だと思った。
だが、自分一人ではこの異世界では何の役にも立たない。

 「俺は! 俺には何もできないのか!!」

 叫んだ翼の様子を見て、ユンは考えこんだ。
そして翼に問いただす。

 「ねぇ翼、貴方自分の居た次元に帰らないつもり?」

 「ああ、帰るつもりはない。ユリを自分の居た世界に返すまでは・・。
たとえ俺がここに一人置き去りにされても、ユリがいるこの世界に居たい。」

 「永遠にこの空間で彷徨(さまよ)う事になるわよ?」
 「別にいいよ、ユリといつかは会えるかもしれないから。」

 ユンはため息を吐いた。

 「そうか・・。仕方がないわね・・・。」
 「すまない、ここに置き去りにしてくれ。」
 「何を言っているの?」
 「え?」

 「ユリが此処(ここ)で迷子になった原因は私にあるの。
烏妖のせいでこうなったとしてもね。
責任を感じている。
だから・・、
番い(つがい)の貴方がこの異空間で敵討ち(かたきうち)、いや、ユリを危険にさらす物の怪退の排除を手伝うのも有りかなと思う。
それと村にユリがいるかどうかの探索もね。
これらは私が今していることだから、相棒ができたと思うことにするわ。」

 「いいのか?」
 「ええ。」
 「でも、問題ないか?」
 「何が?」
 「人間がこの異空間に入り込んで、さらには物の怪を退治するのは?」

 「ああ、そんな事か。
まずは退治だけど、ここは弱肉強食の世界よ。
物の怪であろうと、人間であろうともね。
だから貴方が烏妖(うよう)をここで退治しても問題ないわ。
ただね、人間を毛嫌いしてる物の怪には注意して。」

 「どういう意味?」

 「烏妖だけなら退治屋の貴方ならなんとかなるでしょう。
でもね烏妖が他の物の怪と組んだら、貴方が排除されるわよ。
ここは貴方の居た世界じゃないんだから、自分の世界にいたようにはいかないわよ。
まぁ、烏妖は基本、他の物の怪と組まないから大丈夫だとは思うけど。」

 「そうか・・。忠告ありがとう。」

 「あとこの世界に翼が居ることは全く問題ないわ。
まれに人間がこの世界に紛れ(まぎれ)込むことがあるの。
物の怪がたまたま門を開いたタイミングで迷いこんじゃうのよね。
その場合は、この場所に置き去りにされるのがほとんどだけど。
けど、希に人間の面倒を見ることがあるわ。
あ、勘違いしないで。もとの世界に戻すという意味じゃないわよ?
戻すのはたいした手間ではないけど、そんな面倒な事を物の怪はしないものよ。」

 「え?じゃあ面倒をみるって、どうするの?」
 「自分の里に連れて行き、後は知らん顔をするわ。」
 「えっと、そうするとその人間はどうなるのかな?」
 「そこで物の怪と妥協して暮らすしかないよ。」

 その言葉に翼はなんとも言えない顔をした。
そんな翼におかまいなしにユンは言葉を続ける。

 「だからこの異空間に少しだけ人間はいるの。翼がここにいても問題ないわ。」
 「そうか、その点は安心した。でも迷い込んだ人間は元の世界に戻る手段は無いのか?」

 「ええ、無いわ。
物の怪が、その人間を帰す手伝いをしないかぎりね。
でも、そんな手伝いなんかしないわ。
だって勝手に門を潜って入ってきたんだもの。
そんな人間を元の世界に戻すメリットが物の怪にはないわ。
する義務も義理もないしね。」

 「じゃあユリが見つかっても同じなのか?」
 「・・・。」
 「ユン?」

 「私が自分の意思でユリをここに連れてきたの。
偶然に門に物の怪の意思とは関係なく入ってきた人間とは違うわ。
だからユリは私が元の世界に戻すわよ。」

 「そうか、ありがとう。それを聞いて安心した。」
 「あら?・・、貴方は自分も戻してくれるか聞かないの?」

 「そりゃぁ、自分も元の世界に戻して欲しいさ。
でもユンがここに俺を連れて来たのは、この世界を分からせて戻すつもりだったよね?
それなのに俺はそれを無視して、ユリを助けるために居続ける。
ならばユンが俺を元の世界に戻す理由がないだろう?
ともかく俺はユリが無事に自分の居た世界に戻れればそれでいいよ。」

 「そう? それでいいのかしら?」
 「ああ、それでいい。」
 「・・・分かったわ。」

 そう言ってユンは右手を差し出した。

 「握手(あくしゅ)か?」
 「そうよ。」
 「人間くさいな。」
 「まぁ、そうかもね。」

 翼はユンと握手を()わした。

 「さて、ではユリを襲った烏妖(うよう)探しと、ユリの消息を確かめに出かけましょうか・・。」

 「ああ、頼む、ユン。」

 こうしてユンと翼のコンビが異空間で誕生した。
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