第43話 河童の里を訪れる その3

文字数 2,176文字

 翼はユンのことを、ふと思った。

 あの勢いで発情したケルがユンに突撃して行ったけど大丈夫なのだろうかと。
ユンの事が心配になった。

 「ユンはどう対処すんだろう?
発情したとはいえ、あの勢いで来られたら困るだろうな?
普通は引いちゃうよね?・・・。」

 う~ん、と、翼はうなる。

 「でも河童同士だし・・・。
もしかして、『恒例の発情期かよ!』というい感覚なのかな?
あんなケルの様子を見ても驚きもしなかったりして」

 それが正解に思えて、うん、うん、と、(うなず)く。

 「でもさ、人ならあの勢いで向かって来られたら逃げちゃうよね。
そう考えると、もしユンが人間だったとしたら同じように逃げるのかな?
そりゃぁ、逃げるよね。
ん?・・・・。
あれ?
そうでもないか?
ユンが人間であっても、逃げないんじゃない?
だってケルを

なんて、ユンにとってはお手の物じゃん。」

 そう納得した翼であった。
それと同時に新たな疑問が浮かぶ。

 「ん?・・・、あしらう?
あれ? え?
あの勢いのケルを、ユンはどうやって

んだ?」

 ユンの性格だと・・・、う~む・・。
翼は悩んだ。
そしてしばし考えた末、結論が出た。

 翼はケルが走り去った方角に手を合わせる。

 「ご愁傷様(しゅうしょうさま)、ケル・・。
冥福(めいふく)を祈るよ。
ユンの対応が目に浮かぶよ。
『この! どすけべ河童が!』と、まず一喝(いっかつ)されるでしょう?
そしてその直後に強烈な往復ビンタ、と。
これはセットだよね、モーニングセットのようなもんだね。
美味しくなく痛いけど。
で、あの過激な発情も一気に消火され鎮火(ちんか)するだろうね。
男ゆえにチンカか・・、言い得て妙なり。」

 そう(つぶや)いた。

 「えっと、そうなると・・、鎮火したケルはどうすんだろう?
絶対に泣いて帰って来るよね。
(なぐさ)めないといけないかな、俺?
う~ん・・・。
でも、どうやって慰めればいいんだろう?」

 ちょっとシンミリした顔になる。
だがそれはほんのちょっとした間だけだった。
すぐに普段のノホホンとした顔に戻る。
まるで百面相である。

 「まぁ、落ち込んだケルは可哀想といえばそうなんだけどさ。
よく考えれば俺にとってどうでもいい事じゃん。
ケルを知っているというだけで、友達でもなんでもないだよね、俺。」

 うん、うんと頷く。
そして・・

 「まぁ居候(いそうろう)させてもらっている一宿一飯の恩義はあるけどね。
でも、それはそれ、これはこれ。
それに下手(へた)(なぐさ)めれば、やぶ蛇になるのは明白のコンコンチキじゃん。
どう考えても(から)まれる未来しか見えない。
うん、これは関わらないのが一番だ。
それにケルの事だ、ほっといてもすぐに元気になる。」

 そうだ、そうに違いない。
そう翼は信じることにした。
つまり考える事を放棄したのである。
結論はケルにかかわらないという事だ。

 「それにしても瞬間湯沸かし器のような発情だよね。
ケルだからなのかな?
そうなのかな?
それとも河童の発情って、そういうモノなの?
それにネコのように発情する周期があるとか?
特に春なんてことはないよね?
ネコじゃあるまいしね・・。
まぁ最近のネコは春夏秋冬、何時でも発情するみたいだけど。
もしかして河童もそうだったりして?」

 などと河童に対し大変失礼な事を考えながら、渋茶(しぶちゃ)をすする翼であった。

---

 その頃、ケルは自分の屋敷である庄屋内の廊下を(あわ)ただしく駆けていた。
やがてある部屋に入ると、いくつかの部屋をさらに突っ切りある部屋に入った。
大きな仏壇(ぶつだん)が目に入る。
庄屋だけあって大人3人が並んで立ったくらいのおおきさだ。

 その仏壇の中央には掛け軸が掛けられていた。
宗教の高祖なのだろうか、河童が錫杖(しゃくじょう)を持ち大きな岩に結跏趺坐(けっかふざ)した絵だ。

 ケルはその絵を下にゆっくりと引っ張った。
すると仏壇が右にゆっくりと移動する。
移動した仏壇の後ろの壁に、ぽっかりと空いた穴が見えた。
人一人が通れる位の大きさだ。
その穴は真っ黒な膜で(おお)われており、風で湖面に生じる波紋のような物が(うごめ)いていた。

 ケルは(ふところ)から、巫女(みこ)が舞で使用する鈴の小型版のような物を取り出し鳴らす。

 シャン、シャン、シャシャシャン・・・

 まるで符号のような独特のリズムだ。
すると穴を(おお)っていた黒い膜が消えた。
やがてその穴から、何かが現れた。

 現れたのは猫又であった。
その姿を見てケルは頭を下げる。

 「ご苦労様にございます。」

 普段、翼に対する言葉遣いからは信じられない物言いと、慇懃(いんぎん)な態度をケルはとる。

 「うむ、急な訪問で申し訳ない」
 「いえいえ、何かございましたか・・」
 「少しな、お前に話しを聞きたくてきたのだが・・」
 「分かりました・・、内密な話しでしょうか?」
 「うむ、そうじゃな、そうなる」
 「では、隠し部屋に参りましょう」

 そう言うとケルは、先導してその猫又を隠し部屋へと案内を開始した。
いくつかの部屋を過ぎ、やがて廊下に突き当たる。
目の前は庭だ。

 廊下を横切り、沓脱石(くつぬぎいし)に置いてあった雪駄(せった)()いて
庭に降りる。
そして庭を歩いていくと、庭の片隅に倉が建っていた。

 ケルは廻りを見渡す。
誰も廻りに居ない事を確認すると、その倉へと向かい始める。
その場所は奥まった場所で、倉以外に何もない。

 秘密部屋と言っていたが、倉の事だったのだろうか?

 ケルは倉に辿り着くと正面の扉を開くのではなく、何故か倉の側面に向かい始めた。
倉の廻りには何もない。
隠し部屋のある建物はどこにあるというのだろう?
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