第38話 ユン、烏妖と対峙する その2

文字数 2,916文字

 烏妖(うよう)がユンの前から消えた直後のことだった。
ユンの目の前に、烏妖が突然現れたのである。

 それとともにユンの悲鳴が上がった。

 「ギャァっ!!!」

 ユンは悲鳴とともに倒れ込み、(ころ)げまわる。
ユンが先程まで立っていた場所に、膝から切断された右足が一本、転がっていた。

 「痛いか?
そうか、痛いか。
そうか、そうか、そうだろうな。
これで分かっただろう?
少しは口のききかたに注意しなければならないという事がな。
河童(かっぱ)ふぜいが、俺に逆らうとこうなるという事もな。
だが残念だな。
今更わかってももう遅い。
ああ、それともう一つ言っておこう。
この痛さだけで済むとは思ってはいないよな?」

 そう言って烏妖は、ぞっとする笑みを浮かべた。
だが、ユンはそんな烏妖を見ている余裕はなかった。

 ユンは膝から切断された右足の太ももを抱え転がりまわる。
転げ回りながら烏妖から遠ざかっていく。
そんなユンに烏妖はゆっくりと近づく。

 「それで逃げているつもりか?」

 そう言うやいなや、ユンを思い切り蹴飛(けと)ばした。

 ユンは数メートル先に飛ばされた後、何度かバウンドする。
それでも勢いは収まらず、さらに転がっていく。

 そんなユンに信じられない事がおきた。
ユンが、突然に消えたのだ。
烏妖は目を見開いた。

 「何だ! 何が起こった!」

 烏妖は叫んだ。
だが、すぐに何かに気がついたようだ。

 「しまった! あの野郎、村の入り口に逃げ込みやがったな!」

 烏妖はユンが消えた辺りに走り寄り、その場所の周辺を見回す。
だが村の入り口らしきものは見当たらない。
どうやらユンは入り口の直前まで転がっていき、入り口を開くと同時に入るやいなや、すぐに入り口を閉じたようだ。
一瞬の出来事であった。

 「無い! 入り口が見当たらん!」

烏妖はユンが消えたと思われる場所を、くまなく探した。
だが、やはり入り口は見つかない。
烏妖は大声を上げた。

 「くそう! 逃がしたか!」

 烏妖は地団駄(じたんだ)を踏んだ。

 ---

 ユンは真っ暗な闇の中で、服を裂き右足を太ももの辺りできつく(しば)った。
体から抜け出る霊気を、縛り上げることで押さえたのだ。
人間でいう止血である。

 ユンはあまりの痛さに(うめ)き声を上げた。

 「ぐぅっ!」

 やがて痛さに耐えきれず意識を手放した。



 ユンは足を失った。
だが、ユンにとっては僥倖(ぎょうこう)であった。
烏妖と敵対しても、命を落とさずに済んだのだから。
これは奇跡に等しい。

 命を長らえたのは、ユンが知恵を絞りだしたからである。
たとえ右足を無くそうとも、命を失うよりかはましだと。

そのためユンは二つの策を(ろう)した。

1つは、烏妖を(あお)る事。
もう一つは、ある位置を確保する事であった。

 その位置とは、村の入り口と烏妖とを直線で結び、その直線上の位置に陣取る(じんどる)事だ。
そしてその位置に移動しながら、烏妖を怒らせる事が作戦であった。

 それには訳があった。
烏妖の残酷さは、物の怪の間では有名だった。
それゆえに烏妖の行動は、物の怪の間で知れ渡っていたのである。
それは・・

 烏妖が(いた)ぶる方法は、どの烏妖であっても不思議と同じ方法であった。
どうやら烏妖には痛ぶる方法に仕来り(しきたり)のようなモノがあるようだ。

 その痛ぶりかたとは相手の片足を切断して、倒れた相手を死ぬまで蹴るというものである。

 ユンは自分の足を犠牲にして、烏妖に蹴られることで自分の村の入り口に飛ばされる事を計算したのだ。

 そしてそれをうまく実行するには、烏妖を激昂(げきこう)させる必要があった。
それというのも、ユンの近くに村の入り口があるという事を烏妖が認識しているからである。

 物の怪が異次元に入った時、その場所のすぐ近くに自分の村への入り口の穴がある。
つまり異次元に烏妖に追われてユンが逃げ込んだその場所近くに、ユンの村への入り口があるという事だ。
ユンの後を追って異次元まで付いて来た烏妖は、当然、このことを理解していた。

 ならばユンは余計な策を弄さずに、烏妖に足を切られる前に村の入り口に一目散に逃げ込んで、烏妖が追いつく前に入り口を塞いでしまえばよいと思うかもしれない。
だが烏妖の身体能力は河童に比べ異常に高いのである。
そして狡猾な烏妖は、必ず追いつける距離以上にユンから離れることなど有り得ない。
村の入り口に逃げ込む前に、烏妖に捕まるのは確実であった。

 また烏妖はユンの村への入り口が近くにあると分かっているため、ユンを痛ぶり蹴飛ばして追いやった先に村の入り口がある可能性を理解しているはずだ。
そのため蹴飛ばした先に村の入り口があることを想定し、追いつける位置に蹴飛ばすはずだ。

 だからユンは烏妖を煽った。
烏妖は頭に血が上ると我を忘れる気性だという事を知っていたからである。

 そして自分の命を失うくらいなら、自分の足の一本など安いものだと覚悟もしていた。

 さらに今回は運がよい事がもう一つあった。
それは河童の村への入り口は2カ所かあるが、ユンが逃げ込んだこの入り口は、しゃがんで人一人が通れるほど狭くて低い場所にあった。
つまりこの河童の村への入り口は、他の物の怪の村への入り口と比べて特殊だったのだ。

 物の怪の村の入り口の高さは、普通、物の怪が立って入れる高さがある。

 物の怪が異能力で村への入り口を開けるには、穴の位置に手をかざさないと開かない。
正面に穴があっても、かざした手の位置の高さに穴がないとその入り口は開けることはできないのである。
つまり烏妖が異能力を駆使して開けようとしても、立ったままでは開けようがなかったのだ。

 手をかざして開かなければ、そこに村への入り口がないと思い込むのが普通だ。
そのため立ったままその周辺を手探りで探すこととなる。
村の入り口が近くにあると分かっていても、入り口を探し当てることなどできようはずがない。

 品質管理を習ったことがある人ならわかると思うが、思い込みの関というやつである。
思い込んでしまえば、その事に思いいたれないものなのである。
それが例え人間であろうと、物の怪であろうとも。

 このようにして、ユンは生き延びたのであった。

 補足しておくと、ユンが気を失った直後、運がよいことに河童仲間が異空間に出ようとしユンを見つけ、すぐに河童の村に運ばれて治療を受けたのである。
河童の村では、その出口を危険とみなし閉鎖した。
河童の村がユンの大怪我で大騒動になった事を付け足しておく・・・。

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< 物の怪について >
以下は私の想像した事です。
文献や伝承などに基づいてはいませんのでご注意下さい。

物の怪は霊体ですから、血液は流れていません。
そのため、物の怪が怪我をしても血はながれません。
そのかわり物の怪は切られると、自分を構成する霊気が漏れ出ます。
これは人には猛毒なものもありますが、河童は無害な霊気を垂れ流します。
漏れ出た霊気は物の怪が見た時、見えるものと見えないものがあります。
これは霊気を構成している霊波によります。
河童の体内から流れ出た霊気は、物の怪にも人間にも見えません。
切られて漏れ出た霊気は、空中で霧散します。
霊気が体外に出るに従い、霊気を放出した部分から体が消えていき、そのまま放置すると物の怪はやがて消えてしまいます。
これが物の怪の死です。
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