第56話 奉行所 その2

文字数 3,419文字

 翼は自分とケルとの距離が離れていたため、あわてて二人に駆け寄っていく。
そして二人の後をつかず離れず歩く。
どこにトラップがあるか分かったものではないからである。

 だが、さほど歩かない距離・・おおよそ200か300m程歩くと出口が見えてきた。
この秘密の通路は入り口から出口までほぼ一直線で分岐がない道であった。
どうも秘密の通路だというのに、トラップは無いようにみえる。
その事を疑問に思う翼であったが、余計な事は聞かない事にした。

 すこし歩いていたら突然に 平助が叫んだ。

 「おお、そうであった!」

 平助は振り向きざま翼に告げる。

 「よいか翼、この通路では決して来た道を戻るでないぞ?」
 「え? 戻る?」
 「そうじゃ、まぁ多少の後退り(あとずさり)程度はよいが、来た道を戻るような事はするでないぞ」
 「・・・分かった」
 「うむ」

 平助の言葉に翼は首を傾げながらも了承した。
理由を聞きたかったが、平助はすでに前を向いて歩き始めている。
つまり・・これ以上話すつもりは無いと言う事であろう。

 そして出口まで後3mという距離に近づいた時に異変が起きた。
突然出口からまばゆい光が放たれた。
思わず翼は腕で目を隠す。
その光は(おとろ)えることなく降り注ぐ。
そのような中で先に行く二人が出口から出て行くのが気配でわかった。

 先程、この道を戻るような事をするなと平助の言葉を思い出し、翼はまばゆい出口へと歩を進める。

 腕で目を隠して出口から出た翼は困惑した。
そこは真っ暗な空間であった・・・。

 翼は暗順応(あんじゅんのう)をしない目をなんとか()らし周りを見ようとした。
だが、悲しいかな目はそう簡単に暗闇に慣れない。

 「どうした人間?」
 「どうしたって・・、急に明るい場所から暗い場所に出たから目がなれないんだよ」
 「まだ慣れないのか?」
 「平助さんたちは大丈夫なのか?」
 「(わし)らも目が慣れるには多少の時間は必要じゃよ。
じゃが、お前、いや人間ほどの時間は必要ではないようじゃな。
それに儂らは暗闇に出る事を知っておったからのう・・」

 「出口を境に極端なこの明るさの変化は・・わざとなのか?」
 「わざとじゃ」
 「?」
 「この道を曲者(くせもの)が使ったとき、出口で曲者を捕らえるためじゃよ。
目が(くら)んでいるモノなど、容易に取り押さえられるからのう。
それにしても人間は、物の怪よりも目が慣れるに時間がかかる事よのう」

 平助はそう言って、翼の目が見えるようになるまで何も言わずに待ってくれた。
やがて目が慣れてくると、周りを見渡して翼は(つぶや)いた。

 「あれ? ここは異次元空間?」
 「そうじゃよ?」

 翼の疑問に平助が何を言っているのだという顔で答えた。

 「奉行所の中じゃないんだ?」

 「当たり前で有ろう?
もし直接に奉行所内部に接続されていたら、賊がこの道を知ったら簡単に入り込んでしまうじゃろうが。
奉行所が賊に来て下さいと招くようなものだ。
よいか、まかり間違ってもこの出口から入り河童の村に行こうなどと思うでないぞ」

 「そういえばさっきも、戻るような事をするなと言っていたけど・・」
 「奉行所から庄屋に行くときの入り口はここではないからだ。
ここは奉行所へ来るための道で一方通行じゃ。
逆走すれば無限空間に落ちるぞ」

 「とんでもない罠だね・・・。
でも異次元空間にある出入り口なんて、物の怪でも位置を知っていないと探せないでしょ?
だったら一方通行にしなくても、入口も出口も一緒でいいんじゃん?」

 「バカ者!保安を甘く見るでないわ!」
 「・・・ええっと、それは・・ゴメン?」
 「それとだ、お前、奉行所にある河童の村への入り口を知りたいか?」
 「え? いや、別に知りたくないけど?」

 「ほう?・・、知りたくないのか?」
 「だって、へたに教えてもらって、秘密を知った事で難が及ぶかもしれないしさ」
 「ふむ、余計な事は知らぬが仏か。バカではないようじゃな」
 「・・・」

 翼はバカとは何だ!と、言いたかったがやめた。
仮にも相手は奉行所のお偉いさんだ。
反抗したり、おちょくったり、怒らせるにも限度がある。
翼なりに、平助に気を(つか)ったのである。

 気を遣うなら最初から気を遣うべきであるが、そこが翼であった。
平助を爺呼ばわりするのは、かなり失礼だと思うのだが、翼の感性ではそうではないのである。

 「でもさぁ、奉行所内に出入口があった方が便利じゃない?」

 平助は翼の言葉を無視した。
奉行所として秘密の通路は公開してよい情報ではない。
だから秘密の通路の入口を教えるつもりはなかった。
今回は平助の判断で秘密の通路を使用したが、本来は使用するのは平助とケルだけなのである。
だが今回は忙しい平助は直ぐに帰りたいがため秘密の通路を使用したのである。
そこに翼は害意がない事と、奉行所に連れて行くいという理由がおまけでつく。

 翼は辺り(あたり)物の怪(もののけ)気配(けはい)を感じた。
近くにいるようだが、姿は見えない。
おそらくはこの秘密の通路を監視している猫又がいるのであろう。
翼は気がつかないふりをする。
そんな翼に平助が声をかけた。

 「さて、猫又の里に入るぞ」

 平助はそう言うと、数歩先を歩き右手を伸ばした。
すると右手が空間に消える。
よく見ると周りの暗さと少し異なる真っ暗な奈落の底を思わせる入り口が現れていた。

 「はぁ~・・、何度見てもこの異次元空間にある入り口は分かり(ずら)いなぁ~」

 「当たり前であろう?
そう簡単に分かってたまるか。
それに儂が右手を伸ばして入り口を分かりやすくしておるんじゃ」

 そう言って平助は右手を入り口から引っこ抜いた。
すると異次元空間と少し異なった色の入り口が消えた。

 「何度見ても入り口はマジックにしか見えないよな。
物の怪の能力って不思議だよね。
それも空間をねじ曲げる能力なんてさ」

 「当たり前だ、人間になぞできてたまるか。
それにしても、もう少し(おどろ)いたらどうじゃ?
この異次元空間に、儂の力で入り口が現れるのを」

 「まぁ、驚いてはいるよ、手を触れて入り口を見えるようにするなんてさ。
河童の村の入り口は最初から周りの暗さより暗いので、言われれば分かるんだけど。
今みたいに周りと同じ暗さの入り口とはね~・・、それを見せる能力とかさ。
だから驚いてはいるよ。
でも、異次元空間での入り口自体は何度も見ているから、さほど新鮮みはないよ?」

 「そうか、つまらぬ奴じゃ。驚ろかぬとはの~」

 「だから驚いたとは言ったでしょ?
ボケが始まってんじゃない?」

 「ボケてなどおるか! このバカ者が!」

 「バカって・・・。
あのさぁ、さっき俺が驚いていると言った言葉を忘れて、俺に驚かぬとはと言ったのは誰だよ」

 「うぐっ! ま、まぁよい、行くぞ!」

 そう言うと平助は再び右手を伸ばして入り口を開け、そこに入った。
ケルもそれに続く。
翼も慌てて入り口に入った。

 入ったとたんに目の中に広大な畑の景色が飛び込んできた。

 「猫又の里に行く前の防御が、この畑か・・・」
 「よいか人間、儂の後を確実について参れ」
 「ああ、分かった」

 先頭は平助、次ぎに翼、後ろにケル、縦一列に並び歩き始める。

 「知っているとは思うが、儂の歩く場所から外れると異次元空間に放り出されるからな。
そうなれば二度と戻って来れなくなるぞ」

 「了解。ユンにも何度か注意されているしね」
 「翼、テメェ、人の恋人を気安く呼び捨てにすんじゃねぇ!」
 「へいへい、すまんね」

 軽口をたたきながら一行は進む。
大根の(うね)に沿って歩いたり、畑と畑を区切る小さなあぜ道を行ったりする。
そして突然に景色が変わった。
畑を歩いていたと思ったら、奉行所の庭にいたのである。

 「何度見ても落ち着かないよな。
里の手前のトラップを兼ねた畑から、突然に猫又の里に出るのは・・・」

 「そうか? まぁ人間ならそう感じるのだろうな」

 そう言って平助は歩を進める。
広大な敷地だ。
さすが奉行所というだけはある。
敷地は背の低い生け垣で仕切られている。

 歩いていく先に巨大な屋敷の屋根が見える。
奉行所であろう。
その屋敷は高い(へい)に囲まれ、屋敷は塀の向こう側にあるようだ。
正面の塀には巨大な門があり、閉ざされている。
おそらくこの空間は武芸の訓練や、大捕物の時の集合場所などに使われるのであろう。

 門へと3人は無言で歩いた。
門に近づくと、門の横に小さな門があり、そこをリズムを取るかのように平助は叩く。
どうやらそのリズムが開門のための合い言葉のようだ。

 するとその小さな門が内側へと開かれた。
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