第1話 序章

文字数 664文字

 (つばさ)が退治屋となり2年が過ぎた長閑(のどか)な春の日の事である。

 翼は犀川(さいがわ)沿いの土手に一人腰掛けていた。
背後にはソメイヨシノの花びらがヒラリひらりと舞い落ちる。
そのような綺麗な春の桜の様子に全く興味を示さず、翼は前を見つめていた。

 目の前には野球のグランド、そしてゲートボール場が見える。
この場所は河川敷に作られた運動場で人々がそれぞれ運動を楽しんでいた。

 カキーンという甲高い(かんだかい)音を出し、ボールが空へと舞い上がる。
それをキャッチしようとユニフォームを着た少年が無心にボールを追いかける。
それから少し離れた場所では、ゲートボールの競技が行われていた。
何かの大会のようだ。
しゃれた帽子を(かぶ)っている人は審判だろうか・・・。
競技をしている老人が集中してボールをカツンと打ち込んでいる。

 その様子を翼はボンヤリと見ていた。
だが、翼はその景色を認識してはいない。 
翼の心はここにはないからだ。
そこに座り込んでいるだけで、見えている物は見えず、聞こえているものは聞こえていない。

 「なんで・・・。
なんでこんな事になってしまったんだろう・・・。」

 そう翼は呟いて、天を仰いだ。
仰いだ空はきれいに澄み渡っていた。
抜けるような青空に、小さな雲が1つだけポツンと浮かんでいた。
その雲はまるで場違いな場所にあるかのようだ。
まるで今の自分のようだと、翼は思った。

 心地よい春のそよ風が吹き抜ける。
だが、その心地よさを何も感じられない翼であった。
翼は再び視線を前へと向ける。

 「ユリ、君はいったい何処にいるんだ・・・。」

 その問いは(むな)しく春の風にかき消されていった。
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