第30話 猫又 その6

文字数 2,914文字

 奉行の徳左(とくざ)与一(よいち)に話しかけた。

 「のう与一、(わし)が何故に人間界で人間の霊能力者を全滅させんと思う?」

 突然の問いかけに与一は困惑の顔をする。
そんな与一に徳左はさらに投げかける。

 「人間に霊能力者がなくなれば、確かに物の怪の天国になるであろうのう。」

 その言葉に与一は(おもむろ)に口を開けた。

 「それは徳左様が奉行になられた時に私が最初に問いかけた事ですよね?」
 「そうじゃよ。で、それに答えず曖昧(あいまい)にした儂をどう思ったのじゃ?」
 「・・・。」
 「ん? なぜ(だま)り込む。」

 与一は目を一度固く瞑り、そしてゆっくりと開けた。
そして・・。

 「物の怪としては、霊能力者など全滅すべきだと思います。
ですが・・。」

 「ですが?・・・、何じゃ?」

 「物の怪には物の怪の里があり、そこで物の怪は暮らすことができます。
そして物好きな物の怪は、たまに人間界に遊びに行くモノもおります。
私は何が楽しくて人間界に行くのかは理解できかねますがね。
さらに言うなら、一部の物の怪は里を引き払い人間界で暮らすモノがおります。」
 
 「そうじゃな・・、で、それがどうした?」

 「人間界で人間の退治屋が物の怪を一掃しようと考えたならと思ったのです。
人間に退治屋がおるのですから、できなくはないでしょう。
人間というモノは物の怪を怪異ととらえ、忌避(きひ)しておりますれば。
ならば物の怪を根絶やしにしても不思議ではありません。
ですが、そのような事はしておりませぬ。」

 「そうじゃな。それをお主はどう思ったのじゃ?」

 「人間は人間界におる物の怪を一掃することを良しとしていないという事だけです。
理由はわかりかねますがね。」

 「そこまで分かっておって、理由を儂に聞くとはのう・・・。」
 「はぃ?!・・。」

 与一は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
今まで述べた事と、お奉行が自発的に動いて人間の霊能力者を根こそぎ退治しない理由がわからなかったからだ。

 お奉行はその様子にため息を吐いた。

 「のう与一、物の怪も人間も生きて()るのじゃ。
違いは霊体的なモノか、肉があるかの違いじゃ。
生きているからには、他からその命を守る権利がある。
違うか?」

 「は? 人間にですか!」
 「そうじゃよ?」
 「人間になどそのような権利はございませぬ!」

 与一はいきり立って大声を上げた。
その様子に徳左はため息を()いた。

 「のう与一。
もし儂が人間界で霊能力者を退治し始めたとしよう。
人間界にいる霊能力者を退治するのに、どのくらいの時間がかかると思う?」

 「さて、半年もあれば事足りるのでは?」
 「そうじゃな、それくらいの期間あればできるであろうよ。」
 「ならば!・」

 「もし儂が退治屋を数人、数週間の間に退治したとしよう。
人間がそれに気がつかぬと思うか?」

 「?!・・・。」

 「人間もバカではない。
おそらくそれに気がついて退治屋や霊能力者は連携を始めるであろうな。」

 「!」

 「そうなれば人間界にいる物の怪は一掃されるじゃろうな。
何せ理由もなく霊能力者を退治しはじめる物の怪がおるのじゃ。
物の怪に対して疑心暗鬼になるであろうよ。
人間は物の怪全体を危険と判断し、物の怪と戦争を始める事となる。
そうなると無力な物の怪はどうなる?
いや、強い物の怪でも退治屋ならば、何人かかってこようとも平気であろうよ。
それに退治屋でなくても、物の怪を退治できる霊能力者もおるのじゃ。
いくら人間界に強い物の怪が居っても、全滅であろうな。」

 「でも、ここには!・」
 「物の怪の村におる物の怪が、人間と戦争するからと名乗りを上げるとでもいいたいのか?」
 「はい!」

 「それはないだろうな。」

 そう言ったのは内与力の彦座(ひこざ)であった。
それに他の三名も(うなず)く。

 彦座は与一を見据(みす)えて話す。

 「与一よ、お前は奉行所の役人という事で視野が狭くなっておる。
物の怪だから物の怪のためになら何でも強力するなどと思って居るのは、お前と数人の奉行所のモノだけだ。」

 「そんな事はございませぬ!」

 「では聞くが人間など居ない方が良いという同僚は何人おる?
この奉行所には60名ほどおるが?
いや、お前と話すのは与力しかおらぬか・・。
ならその10名でよい、どうじゃな?」

 「・・・よ、与力では私以外には一人おります!」

 「そうか、で、お前ら二人が人間を殲滅(せんめつ)するから手を貸せと言えば、奉行所全員が賛成するとおもっておるのだな?」
 「!」
 「どうした、答えぬか?」
 「さ、賛成するに決まっております!」

 「皆様方、このように与一は言っておりますが、賛成かな?」

 そう言って彦座は廻りを見回す。
だが誰も賛同するモノはいない。
この奉行所のトップが賛同しないのだ、奉行所が人間殲滅に動く事はない。
与一はそれを知り激怒した。

 「み、皆様は物の怪の誇りというものがないのですか!」

 いきり立つ与一を他のモノは冷たい目で見つめた。
その様子に与一は(うつむ)き両手をキツく握る。

 奉行の徳左が与一に声をかけた。

 「与一よ、儂がどうしてお前を隠密廻(おんみつまわ)りにしたと思って居る?」
 「・・・それは私が優秀だからでございましょう?」

 「まぁ、それもある。
だがな、儂はお前が(あや)ういように見えたからだ。
自分の考えに固執し、人を見て居らぬ。
隠密廻りにすれば、色々な考えの物の怪と出会うことができる。
そうすれば視野が広がると思っておったのじゃがな・・・。」

 「!・・・。」

 与一は奉行の言葉に目を見張り、そして(うつむ)いた。

 「お前は隠密廻りを行っており、それなりの成果を収めたが・・・。
ちと残念じゃ。
お前は自分が正しいとしか思っておらんかったようじゃな。
廻りを見ようとしない。
残念じゃよ。
徳兵衛、あとのことはお前に任す。」

 「ははっ!」

 吟味(ぎんみ)方である徳兵衛は軽く一礼をし、立ち上がると与一の側に行き肩を軽く叩いた。

 「与一よ、儂も其方(そなた)には期待をしておった。
残念じゃよ。
それにじゃ、儂の耳に気になる其方の素行(そこう)の噂も入って居る。
儂とお前は、ちとこの場から退出するとしようぞ。」

 その言葉に与一は一瞬、目を見開いた。
その後項垂(うなだ)れたまま軽く(うなず)き、立ち上がった。
そんな二人が部屋から居なくなると、徳左は内与力の彦座に語りかけた。

 「彦座、あの人間を河童の村に連れて行くことをどう思う?」
 「そうですなぁ・・、まずその人間と河童の(きずな)次第でありましょうな。」
 「やはり其方(そち)もそう思うか・・・。」

 「ええ、人間が勝手に友人だと思っておる場合、そこに人間など連れて行ったとあれば奉行所の面子(めんつ)は丸つぶれでしょうな。」

 「うむ。」

 「それと仮にその河童が本当に友人だとして、他の河童がどう思うかもありまする。」
 「確かにそうじゃな。ではどうする?」
 「儂にこの件を任せてもらえますかな?」
 「それはいいが、では、ここにいる人間をどうする?」

 「その人間はお奉行が好きなようになさればよい。
儂はどうなろうと興味はござらん。」

 「そうか、ならばそうしよう。」
 「御意(ぎょい)。」

 彦座は一礼をして、その場を離れた。
残ったお奉行・徳左は深くため息を吐いた。

 「やっかいな人間を拾ってしまったものよのう・・。
じゃがそのお陰で与一が本性を暴露したことは僥倖(ぎょうこう)かのう・・」

 そう一人(つぶや)いた。


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