第74話 再会

文字数 3,180文字

 ユリが異次元空間で散歩中の事である。
迎えが来た。

 「ユリ殿、お奉行が呼んでおります」
 「あら・・、私を?」
 「はい」

 ユリは首を(かし)げた。
何故(なぜ)お奉行が自分を呼びだしたのか心当たりがない。

 「何だろう?」
 「そう聞かれましても、それがしは何も聞いておりませぬゆえ」
 「そうですか・・」

 考えてもはじまらない。
ともかくお奉行の所に行くことにした。

 「では、すみませんが奉行所まで案内をお願いします」

 ユリがお願いするのは人間では異次元空間から猫又の里に行く入り口の場所がわからないし、隠された入り口を開くこともできないからだ。
 
 ユリの言葉に猫又は(うなず)き背を向け、その場で左手の(つめ)を突然出した。
その様子を見て、ユリは脳内で効果音を出す。
  ジャキーン

 猫又はそんなユリの妄想(もうそう)など知る(よし)もなく、空間を爪で引き裂くかのように手を振った。

 「え?」

 ユリは驚いた。
空間が引き()かれ、そこに爪痕(つめあと)をなぞるかのような黒く細い(すじ)が爪の数できた。
やがて黒い筋は幅が広がり隣の筋と(つな)がっていき丸い穴ができあがる。
そして楕円(だえん)へと変化をし、それが徐々に大きくなっていった。
人が一人通り抜ける位の大きさまでになると拡張が止まる。

 もしかして猫又の里への入り口を作った?
そう思いユリは唖然(あぜん)とした。

 何時(いつ)もならば猫又の里の入り口がある場所まで異次元空間を歩いて行き、そこで猫又が霊力で入り口を開けるのが常であったからだ。

 驚くユリに気がついた猫又が小首(こくび)(かし)げる。

 「どうかしましたか?」
 「えっ?! あ、えっと・・、すみません、そこに入り口らしきものが見えます」
 「ええ、入り口ですよ、それが何か?」
 「何かって・・・、えっと、猫又の里の入り口はこの異次元空間では決められた場所にあるのではないですか」

 「そうですが?」
 「そうですがって・・・」
 「何を言っているかわかりませんが、行きますよ」
 「え? ええ、はい」


 迎えの猫又はその穴に入って行ってしまった。
その様子を唖然と(なが)めていると、穴から猫又が顔を出して(あき)れた顔をする。

 「(それがし)(いそが)しいのです、早く来て下され。
そのために態々(わざわざ)ここに入り口を作ったのですよ。
こちらの事も考えてくだされ。
それにお奉行もお奉行だ。
私の(いそが)しさを承知しているのに、お迎えに行ってこいなどと。
本当にあの昼行灯(ひるあんどん)のお奉行、暇なのだから自分で向かえに行けと言いたいですよ!」

 そう言って怒りながら、再び穴の向こうに消えた。

 あわててユリは穴に入ると、そこは奉行所の玄関であった。

 「えっ?! 奉行所の玄関に出るの、これ?」
 「当たり前でしょ?」
 「当たり前・・ですか?」
 「ええ、それが何か?」
 「・・・・・」

 猫又は不思議そうな顔をしたあと、突然に右手の(てのひら)を上に向け、握った左手でその掌をポンと軽く(たた)いた。

 「ああ、そうでした! あなたは人間でした」
 「え? 何それ?
私、どう見ても人間でしょ? それ以外に見えたの?」

 「何言っているんですか、人間にしか見えないですよ、しっかりして下さい」
 「え? でも、先程・」
 「私のようなモノは必ず物の怪の里には2,3人はおるのです」

 ユリはポカンとした。
何を言っているの、この猫又のおじ様は?
私が人間に見えるかどうか聞いたのに?
その返事が私が人間に見えないモノが2,3人居るという返事なの?
どういう意味よ、それ!

 ん?・・・・待てよ、そうじゃない。
そもそもどう解釈しても、先程の会話は成り立たないじゃない。

 だとすると、人の話しを聞かないで突然に別の話を始めてしまった?
つまり私の話を聞いてないって事よね?
うん、私と会話がなりたたない猫又さんだ。

 人との会話を無視して、自分の言いたい事だけを喋っているんだ。
まるで(さる)に話しかけるみたいに。
猿に何を言っても、人の言葉なんて通じないもの。

 え? 待って!
オジサンが人で、私が猿に(たと)えられちゃうの?
私は猫又の里では猿扱い(あつかい)なの?

 ユリは唖然とした。
その様子を見て猫又がユリに話しかけた。

 「何を(ほう)けているのです?
ちゃんと人の話しを聞きなさい」

 いや、聞いていないのはキミだよね? と、思わず言いたくなった。
だが、たぶん何を言っても会話は成り立たず一方通行だと認識したユリは、素直にコクンと頭を縦に振り分かりましたと伝える。

 「うむ、やっと人の話を聞く気になったのですね」

 いや、最初から聞いているのにと、ユリは内心で突っ込む。
だが口にはしない。
大人の対応である。

 「いいですか、この物の怪の里は異次元空間に隣接(りんせつ)した別の空間です。
つまり猫又の里と、異次元空間は全く別の世界です、わかりますね」

 「はい先生」
 「うむ、よろしい」

 ユリは話しを少しでも先にすすめるため煽て(おだて)て先生と言ったのだが、それをさも当然としている猫又にため息が出そうになる。
だがため息など()けば、さらにこの猫又は訳の分からない話をするに違いない。
そのため大人の対応をする。
無言の(うなず)き動作、コクンである。

以下、大人の対応が何度も行われるので、その雰囲気を想像しながら以下を読んで頂きたい。

 「次元が違う空間どうしでは行き来できません」

 コクコクと頭を振り、理解しましたとユリは応じる。

 「行き来できなければ困るでしょう?」

 コクコク

 「ではどうすればいいでしょう?」

 ユリがそれに答えようとしたら、その前に勝手に答えを言う。

 「そうです、別空間同士を繋げて出入り口を作るのです」

 コクコク
 頷きながら、答えを期待していないなら質問形式にしないで欲しいと内心で抗議をする。

 「よく分かりましたね」

 いや、私は答えていないよ?
コクコク

 「では、誰がそれをするのでしょう?」

 そう言って猫又はユリを見た。
ユリが、それはアナタですかと言おうとすると・・

 「そう、正解です。私です」

 やはりね、そうくるよね、そう思いながら・・
コクコク

 「分かればよろしい。
つまり私は特殊な能力を有しているのですよ。
異次元空間に出入り口をつくり、この猫又の里のどこにでも繋げることができる。
どうです、すごいでしょ?
びっくりしていいんですよ?
なんなら褒め称え(ほめたたえ)ることを(ゆる)しましょう」

 そう言って猫又は胸を張る。

 ユリは表情を無くした能面のような顔で、手を(たた)く。

 ぱちぱち、・・・パチパチ・・、ぱち

 なんとも間の抜けた拍手(はくしゅ)だが、猫又はすこぶる満足したようだ。

 「ではお奉行の所に行きましょうか」

 そう言って(きびす)を返して玄関に入ろうと歩き始める。
その背中にユリは声をかける。

 「あの、開いた入り口を閉じなくていいのですか?」

 その言葉に猫又はビクリとした。
そして油の切れたロボットのように、ギギギギギと首を回す。
いや、ギギギギギという音はしないが、本当にそう聞こえそうな動作だった。
小刻みに少しずつ首をまわしたのである。

 ユリは入り口を作る能力より、その首の動かし方に感心した。
器用だと。
いや、器用なのではなく、感情的にそうなっただけなのだが・・。
もう一度、首を振ってみてと言われても再現出来る動作ではないであろう。

 そんなユリの考えている事など分からない猫又は、今度はちゃんとユリの問いかけに答えた。

 「そ、そうであった、よ、よく気がついたな人間よ。
わ、わざとそのままにしたのだ、お前が気がつくかどうか(ため)したのだ」

 そう言って猫又は来た方向に向き直り、開いたままとなっていた穴まで行って手を振った。
その瞬間に穴は消える。
そしてユリと視線が合わないように、玄関へと歩き始めた。

 たぶん、穴を(ふさ)ぐのを忘れた恥ずかしさから目を合わさないようにしたのであろう。
それに気がついていても、あえてユリは何も言わない。
大人の対応である。

 あ!、言ってしまった・・、大人の対応と。
読者に大人の対応をする雰囲気を想像してと言ったのに・・。
筆者のミスである、読者の目を()けよう・・。
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